2007年度 研究成果報告書

Advanced Network Architecture Research Group

6. 生物の頑強性,自律性に着想を得た情報ネットワークアーキテクチャの構築に関する研究

本研究テーマでは,近年のインターネットの飛躍的な発展に伴って顕著になりつつある諸問題を,生物学の研究において得られた知見に基づいて解決するとともに,ネットワーク分野における新たなブレークスルーを生み出すことを目的としている.特に,将来の情報ネットワークアーキテクチャに重要になると考えられる特性として拡張性,移動性,多様性の3つのキーワードを掲げ,それらの特性を持つネットワークに適した制御技術を対象として研究開発を進めている.

[関連発表論文]
  • Masayuki Murata, “Bio-Inspired Information Networking - Why and How We Can Build Self-Organizing Networks,” 7th Würzburg Workshop on IP: Joint EuroFGI and ITG Workshop on "Visions of Future Generation Networks (EuroView 2007), July 23rd, 2007. (Invited Talk)
  • 村田正幸, “生物学と通信工学,” 電子情報通信学会東京支部シンポジウム「生体/生態学と通信工学のつながり」, September 28th, 2007.
6.1 新しく発展しつつあるネットワークのための自己組織化制御技術の確立

本研究課題の目標は,生物に学ぶネットワーク制御を新しく発展しつつあるネットワークに適用し,ネットワーク制御技術を確立することである.すなわち,生物システムのロバスト性,適応性,自律性に学びつつ,従来のネットワーク研究の単なる延長ではない新たな自己組織型ネットワーク制御の実現を目指している.

生物界の挙動を情報システムに持ち込んだ例としては,過去にも遺伝子アルゴリズム (Genetic Algorithm) や ACO (Ant Colony Optimization) などがあったが,これらは遺伝子をモデル化したり,アリの生態を模すことによって最適化問題を扱おうとするものであり,本研究テーマの目標とは根本的に異なるものである.特に,本研究テーマにおいては,生物の様態や挙動を数理モデルとして扱われているものをネットワーク制御に持ち込んでいる.これがないと,現象や制御の説明を生物に例えて説明するだけの単なるアナロジーに過ぎないものになる.数理モデルを扱うことにより,その安定性やパラメータ感度に関する数学的な議論も可能となる.すなわち,ここで扱う研究課題は,単に生物学分野に限らず,生物学分野と情報ネットワーク学分野の共通の土台としての応用数学や統計物理学などの学術分野における過去の知見も活用しつつ,真の先端科学技術の融合を実現するものである.

自己組織型制御は,一般に以下の性質を持つものとして定義される.

  • 基本構造は正のフィードバックによるシステムの安定化
  • 負のフィードバックによる安定化
  • ランダム性の導入による新しい解の発見
  • エンティティ間の通信による行動の決定

ネットワーク制御においては,正のフィードバックを基本とし,負のフィードバックを加えることはもともと必須のものであった.ランダム性の導入は,特に時間的変動のあるシステムに対してロバスト性を確保するのに必須要素と考えられ,経験的にはこれまでも一部採用されていたが,生物に学ぶネットワーク制御によって,その妥当性が実証されたと言える.さらに,エンティティ間の通信による行動の決定という点については,環境を介した間接的なインタラクションによって全体の制御を実現する (Stigmergy) ことの重要性が明らかになった.以上のことから,生物に学ぶネットワーク制御を実現したことにより,拡張性,移動性,多様性に対処可能なシステムの構築可能性が証明できつつあると言える.

特に,センサーネットワークにおいては,ノード数,適切なクラスタ数,それらの位置などはあらかじめ知ることができないため,自律的に発見する必要がある.そのために本研究課題で示した解決策は,必須技術であるといえる.さらに,センサーネットワークを含めた無線環境においては,環境変動が激しく,数学モデルによる予測が不可能であるといっても過言ではない.従来,例えば,受信電力強度は距離の自乗に反比例することが知られており,また,ビット誤りの発生モデルとしてギルバートモデルがよく用いられる.また,フェージングやマルチパスの数学モデルの提案なども古くから行われている.しかし,これらの多くでは,ある一定の環境(会議室,屋上,広場など)を想定した上でパラメータ同定が行われる.逆に言えば,環境が異なればパラメータが異なってしまい,実用に耐え得るものとは言い難い.また,モデル自体,長時間にわたる,すなわち統計的に意味のある時間オーダーで検証が行われているものであり,ネットワーク制御のように小さい時間オーダーでの動作を前提とする環境では到底用いられるものではない.すなわち,本研究のテーマの成果により,ネットワークノードが環境に適応することを前提とし,さらに環境変動にも柔軟に対応できるような制御をあらかじめ組み込んでおくことの重要性が示されつつある.

以上,本テーマの研究成果は,基本的には自己組織型制御に基づいてロバスト性を確保し,さらには間接的なインタラクションによって全体の制御を実現したり,環境を介した通信によって全体の制御を実現するものであるが(「群行動によるインテリジェンス」),これは複雑適応系で議論されるところの「要素の寄せ集めではなく,自己組織化によってパーツの集合体以上の振る舞い」の実現そのものであり,それがわれわれが複雑適応系に着目している理由である.

6.1.1 パルス結合振動子モデルにもとづくセンサーネットワーク通信機構

1.1.1参照


6.1.2 適応的で頑健なセンサーネットワーク通信機構(大阪大学大学院情報科学研究科今瀬研究室との共同研究)

1.1.3参照


6.1.3 カメラセンサーネットワークにおける反応拡散モデルにもとづく符号化レート制御(松下電器産業株式会社との共同研究)

1.1.4参照


6.1.4 センサーネットワークにおける自己組織型制御方式のロバスト性に関する研究

1.1.5参照


6.1.5 センサーネットワークの時刻同期手法のロバスト性に関する研究

1.1.6参照


6.1.6 スケーラブルでロバストなアドホックネットワーク経路制御手法(大阪大学大学院情報科学研究科今瀬研究室との共同研究)

1.2.1参照


6.1.7 アトラクタ選択モデルにもとづくマルチパス経路制御

2.1.2参照


6.1.8 P2Pファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム

2.1.3参照


6.2 ネットワークアーキテクチャの見直し

本研究課題における目的は,アドホックモバイル環境を含めた現状のインターネットの各層における制御やプロトコルを今後どのように変革していけばよいのかという根源的な問いに対する解答を得ることである.ネットワークにおける重要な概念の一つに階層化がある.これは複雑になるネットワークシステムの機能を階層化して分割することで,それぞれの階層における機能を明確化・単純化することにあった.その利点は大きい.これまでのネットワーク設計は,一言で言えば「現状および近未来の技術水準に基づくサービス品質の最適化」にある.階層化することによって,全体のネットワークシステムを最適化するのではなく,ある階層に着目し,下位層および上位層を抽象化することによって,システムの最適化をより簡単な問題として扱えるようになる.その結果,ある階層のプロトコル制御を最適化できれば,最終的に全体の制御が最適化できるようになることが期待できる.しかし,それ故に,下位層は安定した振る舞いをすることを仮定することになり,また,上位層についてはそこで規定されるトラヒック特性や要求品質を既知とし,対象とする階層への入力として最適化問題を解くことになる.

一方,本研究テーマで目指す自己組織型制御においては,上下の階層間のインタラクションが重要となる.例えば,下位層の時間的な変動が,上位層に影響を与える動的システムとして捉える必要がある.すなわち,階層間のインタラクション(縦のインタラクション)を設計自体に取り込んでいく必要がある.最近,QoSを保証しないIPネットワークにおいて,アプリケーションの求める通信品質,機能を提供するためのアプリケーション層サービス(オーバーレイネットワーク)が最近注目を集めているが,これらのオーバーレイネットワークがTCP/IPを使う場合を考えると,複数のオーバーレイネットワークがTCP/IP資源を競合して使うことになる(横のインタラクション).資源の有効利用を考えた場合,従来は,オーバーレイネットワーク同士が協調する機構を導入するのが通例であり,半ば常識であった.しかし,それぞれが適応型,自律分散型制御を行うだけで資源の有効利用が図れるのであれば,協調型制御を導入する必要はなくなる.また,それぞれのオーバーレイネットワークが環境適応型制御を行う場合にインタラクションがどのように作用するか,積極的な協調制御を行う必要があるのか,などを明らかにしなければならない.

これまで,ネットワークは,人と人をつなぐ電話網,人とコンピュータ,コンピュータとコンピュータをつなぐインターネットとして発展を遂げてきた.今後,情報環境情報ネットワークを実現するためには,小型コンピュータチップを搭載するセンサー群などを多数接続し,地球規模の環境情報を取得し,処理を施した後にそれらの情報を人に提示したり,さらには人を介することなくコンピュータ群が環境に対して制御を行う機構が重要となる.すなわち,電話網におけるCommunication,インターネットにおけるComputing & CommunicationにControlが加わったもの(C3アーキテクチャ)と考えることができる.最初に示した拡張性,移動性,多様性の3つの性質は,アンビエント環境情報ネットワークではより重要なキーワードになると考えられ,本稿で述べた生物学に基づく自己組織型のネットワーク制御はなくてはならないものになると考えられる.問題は,このような制御を今後設計していく際の根本的な設計原理として何を考えるかである.そのために我々は,ネットワークを複雑適応系として捉えることが重要であると考えている.

6.2.1 オーバーレイネットワーク共生環境

2.1.1参照


6.2.2 生物の増殖モデルに基づくTCPの輻輳制御方式

3.3.3参照


6.3 適応複雑系としてのネットワークにおける制御技術の確立

これまでロバスト性や安定性を有するシステムを特徴付けるものとして以下が挙げられている.これはネットワークを複雑系として捉えられることを意味している.

  • (フィードバック)制御:TCPそのものや,各階層におけるフィードバック制御
  • 冗長性:IPの経路制御
  • モジュール化:プロトコルの階層化,ノードやエンドホストの自律的制御
  • 構造安定:AS単位の階層化

しかし,真にロバスト性や安定性を確保するためにはこれだけでは不十分である.既存のインターネットだけでなく,将来のアンビエント環境情報ネットワークにおいてロバスト性や安定性を得るためには,最近よく指摘される複雑適応系として以下の性質を満たすことが重要である.

  • 集中的な制御を完全に排除する.

    IPは分散型制御であるとよく言われるが,例えば経路制御はネットワーク全体のトポロジーイメージを同じものとしてすべてのルータが持つことが要求される.すなわち,実態は分散型集中制御とも呼ぶべきものであり,複雑適応系で言われるところの分散型制御には程遠いものである.その結果,例えば,あるルータの故障がネットワーク全体に悪影響を及ぼすことが実際に起こりうる.それを避けるためにフラッディング制御が行われており,それがスケーラビリティを阻害する一因になっている.

  • 自律的なエンティティの集合を構成し,それぞれのエンティティは単純な制御しか行わない.

    再びIPの経路制御を例にとると,パケットフォワーディングはルーティングテーブルのルックアップによって単純化されているが,ルーティングテーブルの設定のために経路を決定するための計算をすべてのルータがそれぞれ独自に行い,他のルータも同様に正しく計算し,動作することを前提にしている.すなわち,別の言い方をすれば,IPの経路制御は協調型制御になっていて本研究テーマの目指す自己組織型制御とは異質のものである.

  • エンティティ間の通信は単純なもの,かつ,近いもの同士しか通信しない.

    経路制御は基本的には隣接ルータ同士の通信により実現されているが,上述のように故障が発生した場合にはフラッディングが行われる.近いもの同士の明示的な通信をも排したものが,先に述べたStigmergyに基づく制御である.ただし,この場合,安定するまでに要する時間が大きいこともすでに確認しており,その点も考慮したシステムの実現は今後の課題である.

  • 上記のエンティティからなるシステム全体は複雑で予測することは困難である.

    しかし,それらの結果得られる創発性は,環境の変化や予期しない事態にも高度に適応性を持つ.例えば「群知能」はまさしくこの点を目指すものであるといえる.

以上より,ネットワークを複雑適応系として捉えつつ構築することによって,ネットワークの動的な変化に適応可能で,自己修復性,適応性,耐故障性のあるシステムを,それぞれのエンティティにおいて明示的に意識して埋め込むことなく実現できることが期待できる.エンティティを単純化することによってソフトウェアバグの混入が避けられるため,副次的な効果としてシステムのロバスト性がこの点からも期待できる.

一方,複雑適応系と密接に関連するものとして,近年脚光を浴びているのがべき則である.特に,ノードにおけるリンクの接続数が$k$になる確率がk-で与えられるようなトポロジーを有するネットワークに関する研究が盛んに行われており,べき則は遺伝子代謝ネットワーク,神経回路網,送電網,知人関係,論文引用関係,WWWのリンク数,P2P接続関係,インターネットのルータ接続関係など人文科学,社会科学,自然科学を問わず多くの研究分野において「発見」されている.最近はなぜべき乗則になるのかについての究明も行われている.一般には,自己組織化 (Self-organization),動的進化 (Dynamical evolution),多数の相互干渉 (Many interacting units)などで説明されており,べき則を再現するトポロジー生成モデルとして,Barabasi-Albert (BA) モデルなどが有名である.そこでは,選択的接続 (Preferential Attachment),成長するネットワーク (Incremental Growth)を核とし,ノードをリンクに加える時に接続数による重みを考慮している.情報ネットワーク分野においては,BAモデルは例えば,P2Pネットワークのトポロジーがべき乗則に従うことをうまく説明できているように見える.

しかし,べき乗則だけでトポロジーが決まるわけではもちろんない.情報通信ネットワークが他のネットワークと異なる点として,(1) ネットワーク設計者が介在すること,(2) ノードとその処理能力には相関関係があること,(3) 耐故障性には経路制御も介在すること,(4) ネットワークではフロー制御が存在すること,などが挙げられる.すなわち,インターネットトポロジーの場合には,地理的関係,回線やルータのコスト,人為的な要素(設計)なども考慮する必要がある.あるいは,それらの要素も考慮した上でやはりトポロジーがべき則に従うとすれば,それを説明する普遍的な理由を考えていく必要がある.すなわち,複雑適応系に現れるべき則が単なる現象としての結果なのか,必然的に現れるものなのか,がここでの問いである.重要な点は,インターネットは他の複雑系と異なり,制御可能であるという点である.すなわち,インターネット自体が複雑系に関する巨大な実験場と見ることもでき,本研究テーマで得られた知見を他の複雑系に関する研究にフィードバックすることも将来的には可能であると考えている.

6.3.1 生物ネットワークに着想を得た高信頼インターネットトポロジー構築に関する研究

インターネットの規模が大きくなるとともに,インターネットの堅牢性が重要視されつつある.堅牢性とは,ネットワーク機器やネットワーク機能の一部に障害が発生したとしても,ネットワークとして機能を果たす性質である.本研究では,何をもってインターネットが堅牢であるか,また,どのような構造がインターネットに堅牢性をもたらしているのか,に着目した研究を進めている.下記論文では,トラヒック変動に対する頑健性,および,ノード障害に対する連結性に着目した評価をおこない,その結果,インターネットトポロジーが有するモジュール構造が堅牢性をもたらしていることを明らかにした.


[関連発表論文]
  • Suyong Eum, Shin’ichi Arakawa and Masayuki Murata, “Toward bio-inspired network robustness - Step 1. modularity,” in Proceedings of IEEE/ACM 2nd International Conference on Bio-Inspired Models of Network, Information, and Computing Systems (BIONETICS 2007), (Budapest), December 2007. [pdf][ppt]
  • Suyong Eum, Shin’ichi Arakawa and Masayuki Murata, “A new approach for discovering and quantifying hierarchical structure of complex networks,” to be presented at The Fourth International Conference on Autonomic and Autonomous Systems (ICAS 2008), (Gosier, Guadeloupe), March 2008.
  • Shin’ichi Arakawa, Tetsuya Takine and Masayuki Murata, “A failure-tolerant structure in router-level Internet topologies,” submitted for publication.
  • 平山孝弘, “インターネットのトポロジー構造が輻輳伝播現象に与える影響,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, February 2008. [pdf][ppt]
6.3.2 インターネットトポロジーのモデル化手法に関する研究

インターネットのトポロジー形状を計測した結果,ノードの出線数分布がべき乗則に従うことが近年明らかにされており,べき乗則に従うトポロジーのモデル化手法の検討がなされている.しかし,モデル化手法により生成されるトポロジーを経路制御などのネットワーク制御手法に適用するためには,出線数分布の一致のみならず,トポロジー構造の適切なモデル化が必要である.下記論文では,ISPにおけるネットワーク設計に着目した新たなインターネットトポロジー生成モデルを提案した.提案モデルでは,物理距離およびトラヒック収容に必要な回線容量を考慮した回線コストを導入し,回線コストを最小化することによってトポロジーを生成する.提案モデルにより生成されるトポロジーをISPネットワークのトポロジーおよび従来の生成モデルと比較評価した結果,提案モデルによるトポロジーは,従来のトポロジー生成モデルによるトポロジーに比べ,クラスタ係数,平均パス長,リンク負荷に関して,現実のISPネットワークのトポロジーに近い特性を示すことを明らかにした.


[関連発表論文]
  • Naoto Hidaka, Shin’ichi Arakawa and Masayuki Murata, “A modeling method for ISP topologies based on network-cost optimization,” to be presented at The Fourth International Conference on Autonomic and Autonomous Systems (ICAS 2008), (Gosier, Guadeloupe), March 2008.
  • 日高直人,荒川伸一,村田正幸, “回線コストに基づくインターネットトポロジー生成モデルの提案と評価,” 電子情報通信学会技術研究報告(IN2007-21), vol. 107, pp. 61–66, June 2007. [pdf][ppt]
  • 倉田園子, 荒川伸一, 村田正幸, “クラスタリング手法に基づくトポロジー生成手法の提案と耐故障性評価,” 電子情報通信学会情報ネットワーク研究会(発表予定), March 2008.