高速トランスポートアーキテクチャに関する研究

エンドホスト間でデータ系トラヒックを高速に、かつ効率よく転送するための中心技術がトランスポートプロトコルである。特に、近年のネットワークの高速化に伴い、エンドホストにおけるプロトコル処理によるボトルネックも重要な問題となってきている。さらに、ネットワークが拡がりをみせるにつれ、サービスの公平性も重要な課題となってきている。これらの問題は、高速ネットワークにおける輻輳制御と密接な関連を持ち、高速かつ公平なサービスは、単にネットワークの輻輳制御だけでなく、エンドホストの処理能力向上も考慮しつつ、統合化アーキテクチャを構築することによってはじめて実現される。本研究テーマでは、現在、以下の問題に取り組んでいる。

スケーラブルなソケットバッファ管理に関する研究

ネットワークの輻輳問題に対しては、これまでにも様々な解決策が提案・検討されているが、エンドホストに関してはこれまであまり検討がなされていない。しかし、インターネットユーザの増加に伴うネットワーク回線の急激な増強を考慮すると、エンドホストの高速化・高機能化は重要である。そこで本研究テーマではTCP によるデータ転送効率とコネクション間における公平性の向上を目的とした、サーバホストにおける新たなバッファ制御方式であるScalableAutomatic Buffer Tuning (SABT) 方式を提案した(論文[1]、[2]、[3])。SABT方式においては、送信側端末がまず接続されている各TCPコネクションの平均スループットを解析的に推測し、その値に基づいて各コネクションに割り当てる送信ソケットバッファサイズを決定する。バッファが不足する場合には Max-Min Fairness を考慮しつつバッファ割り当てを行う。また、各コネクションのバッファサイズ及びウィンドウサイズの初期値はWWWトラヒックの特性を考慮して決定する。これらの提案方式の有効性は、シミュレーション及び実コンピュータ上に実装しての稼働実験によって検証し、従来の方式に比べスループット、公平性の両面で優れていることを明らかにした。

[関連発表論文]
  1. 松尾 孝広, 長谷川 剛, 村田 正幸, 宮原 秀夫, "スケーラビリティおよび公平性を考慮したTCPバッファ制御," 電子情報通信学会 交換システム研究会(発表予定), March 2000. [PDF]

  2. Takahiro Matsuo, Go Hasegawa, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Scalable automatic buffer tuning to provide high performance and fair service for TCP connections," submitted to INET 2000 , January 2000. [PDF]

  3. Takahiro Matsuo, "Scalable automatic buffer tuning to provide high performance and fair service for TCP connections," Master's thesis, Graduate School of Engineering, Osaka-University, February 2000. [PDF]

統合化高速トランスポート処理に関する研究

近年、インターネットは急速に発展を遂げ、多くの情報がWWW (World Wide Web)から得られるようになっており、インターネット利用者が急増している。それに伴うネットワークトラヒックの増加に対して、例えば、WDM (Wavelength Division Multiplexing)を始めとするさまざまなデータ転送技術によってネットワークの高速化が図られるとともに、ネットワークの輻輳に対してはTCP (Transmission Control Protocol)等のトランスポート層プロトコルの輻輳制御方式に対する多くの改善案が検討されている。しかし、これまではネットワーク速度に比較して、エンドホストのデータ転送処理速度は高速であったため、エンドホストが処理ボトルネックとなる状況はさほど想定されておらず、エンドホストの高速化、高機能化に関してはこれまであまり検討がなされていなかった。しかしながら、ネットワークの高速化に伴い、ネットワークではなくエンドホストがボトルネックとなる状況がすでに生まれつつあり、今後のデータ転送技術のさらなる発展を考え併せると、エンドホストの高速化技術の重要性はますます高まっている。そこで論文[4]においては、現在のインターネットによるデータ転送で使用されている主要なプロトコルであり、HTTP (Hyper Text Transfer Protocol)やFTP (File Transfer Protocol)、telnet等を実現しているトランスポート層プロトコルであるTCPに着目し、まずTCPによるデータ転送を行う際のエンドホストにおける処理を分析し、実コンピュータの使用に基づいてデータ転送における処理ボトルネックを調べた。その結果、CPUによるTCP/IPプロトコルの処理時間と比較して、メモリアクセス処理に要する時間が大きく、データ転送を行う際に必要な時間のうち最も大きな部分を占めることを示した。 すなわち、TCPによるデータ転送を行う際のメモリアクセス回数の削減がデータ転送の高速化のためにもっとも重要であり、それを実現する新たなデータ転送処理方式の提案を行った。論文[4]ではさらに、提案する処理方式を実コンピュータ上に実装し、従来の処理方式との比較実験による性能評価を行った。その結果、提案する処理方式によって、従来方式に比べてデータ転送速度を約30%高速化できることを示した。

[関連発表論文]
  1. 寺井 達彦, "TCPによる高速データ転送のための通信処理軽減手法の提案と実装," 大阪大学基礎工学部情報科学科 特別研究報告, February 2000. [PDF]

高速トランスポートプロトコルの公平性確保のためのパケットスケジューリング方式に関する研究

インターネットの商用化やマルチメディアアプリケーションの増加にともない、従来のベストエフォート型サービスだけでなく、ルータにおいてコネクション(フロー)毎に公平に帯域を分配したり、スループットを保証するようなサービスも考えられつつある。論文[5]、[6]、[7]、[8]、[9]に示した一連の研究では、TCP (Transmission Control Protocol)コネクションを対象にし、公平なサービスを保証するためのルータにおけるパケットスケジューリングアルゴリズム(FIFO、RED、DRR、DRR+)に関する検討を行った。まず、以前の研究結果を基に、RED方式の公平性を向上させるためにREDのパケット廃棄率をコネクション毎に設定する方法を提案し、適切なパケット廃棄率を解析的に導出した。さらに、他のコネクションよりも高いスループットを得ようとTCPの輻輳制御方式を改変したIll-behaved flowが存在する場合の評価も行った。検討の結果、RED方式を適用した場合でも、TCPの輻輳制御方式とRED 方式によるパケット廃棄アルゴリズムが適合しないために、完全な公平性が維持できないことがわかった。また、DRR方式を用いた場合にも、公平性が劣化することが明かになったので、RED方式を改善し、パケットロス率をコネクション毎に変更することによって公平性を向上させる方式を提案した。また、提案方式をDRR方式に適用することによってさらに公平性が向上することも明かになった。 また、論文[10]では、検討の対象に従来のTCP Tahoe、TCP Renoに加え、高スループットを期待できるとして最近注目されているTCP Vegasについても評価を行い、TCP Vegasにおいてはコネクション間の公平性が保てず、特に後から加わるコネクションについては不公平性が大きくなることを解析的に示す。また、TCP Vegasにおけるコネクション間の公平性を保つ改善方法として、ネットワークの状態が安定している時でもウィンドウサイズが一定値に固定されないようにする方式を提案し、TCP Vegas の不公平性が改善されることを示した。

[関連発表論文]
  1. 長谷川剛, 松尾孝広, 村田正幸, "コネクション間の公平なサービスに注目したルータにおけるパケットスケジューリングアルゴリズムの評価," 情報処理学会第59回全国大会, pp.27-34, March 1999. [PDF]

  2. 長谷川剛, 村田正幸, 宮原秀夫, "TCPの公平性と安定性に関する一検討," 電子情報通信学会論文誌, vol.J82-B, pp.1646-1654, September 1999. [PDF]

  3. Go Hasegawa, Takahiro Matsuo, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Comparisons of packet scheduling algorithms for fair service among connections on the Internet," to be presented at IEEE INFOCOM 2000 , March 2000. [PDF]

  4. Go Hasegawa, Takahiro Matsuo, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Comparisons of packet scheduling algorithms for fair service among connections on the Internet," submitted to IEEE Journal on Selected Areas on Communications , October 1999. [PDF]

  5. G.Hasegawa, "Congestion and fairness control mechanisms of TCP for the high-speed Internet," Ph.D Thesis, Osaka University, February 2000. [PDF]

  6. Go Hasegawa, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Fairness and stability of congestion control mechanisms of TCP," to appear in Telecommunication Systems Journal , April 1999. [PDF]

トランスポートプロトコル間の公平性に関する研究

TCP Vegasバージョンはそれ自体は従来のTCPに比べて高スループットを得ることができるとして期待されている。しかし、将来TCP Vegasが普及する過程で重要になると考えられる、従来バージョン(TCP Reno / Tahoe) とTCP Vegasとの混在環境におけるバージョン間の公平性に関してはこれまで評価がなされていない。論文[11]、[12]、[13]では、ボトルネックルータにおいてTCP RenoとTCP Vegasのコネクションが共存している環境における、バージョン間の公平性についての検討を解析及びシミュレーションによって行った。評価においてはルータのバッファ処理規律としてFIFO (First In First Out)及びRED (Random Early Detection)の両方式を対象にし、バッファ処理規律がバージョン間の公平性に与える影響についても検討を行った。その結果、FIFO方式ではバージョン間の公平性が全く維持できないことがわかった。また、RED方式を用いることによって公平性はある程度改善できるが、スループットと公平性の間に避けることのできないトレードオフが存在することがわかった。そこで、公平性を向上させるために、TCP Vegasの輻輳制御方式を改善し、より積極的にウィンドウサイズを増加させる方式と、RED方式を改善し、TCP Renoのコネクションのパケットを多く廃棄する方式を提案し、その有効性をシミュレーション結果により評価した。

[関連発表論文]
  1. 倉田 謙二, 長谷川 剛, 村田 正幸, "TCP RenoとTCP Vegasの混在環境における公平性の評価," 電子情報通信学会 技術研究報告 (SSE99-98), pp.67-72, November 1999. [PDF]

  2. Kenji Kurata, Go Hasegawa, Masayuki Murata, "Fairness comparisons between TCP Reno and TCP Vegas for future deployment of TCP Vegas," submitted to INET 2000 , January 2000. [PDF]

  3. Go Hasegawa, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Analysis and improvement of fairness between TCP Reno and Vegas for deployment of TCP Vegas to the Internet," submitted to ACM SIGCOMM 2000 , January 2000. [PDF]

非平衡ネットワークにおけるHTTP/TCPの性能評価に関する研究

近年のインターネットの発展に伴い、ADSLやCATVインターネット等、通信路において上りと下りの帯域の異なる非対称なネットワークも登場しつつある。非対称なネットワークにおけるTCPの性能評価は以前の研究によって明らかにしたが、論文[14]、[15]ではさらに上位層プロトコルとしてHTTPを考慮し、Webドキュメントの転送時間の評価を行う。評価に際してはドキュメント毎にコネクション設定を行わないHTTP/1.1、またTCPセグメントのラウンドトリップ時間の変化を観測し、ウィンドウサイズを制御するTCP Vegasなどを考慮に入れ、非対称なネットワークにおけるWebドキュメントの転送に適したHTTP/TCPの組み合わせに関する考察を行った。その結果、ネットワークの非対称性が大きくなるとTCPのスループットが大きく劣化することが明らかになった。また、TCP Vegasは非対称ネットワークを前提としていないために大きくスループットが劣化するので、TCP Vegasの輻輳制御方式を改善し、非対称ネットワークに対応する方式を提案した。

[関連発表論文]
  1. Go Hasegawa, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Performance evaluation of HTTP/TCP on asymmetric networks," in Proceedings of SPIE '99 , pp.423-432, September 1999. [PDF]

  2. Go Hasegawa, Masayuki Murata and Hideo Miyahara, "Performance evaluation of HTTP/TCP on asymmetric networks," International Journal of Communication Systems , vol.12, pp.281-296, July-August 1999. [PDF]

誤再送を考慮したTCPのふくそう制御方式/エラー回復方式の改善に関する研究

論文[16]では、特にネットワークの高速化にともなうTCPの問題点として、受信側端末で正しくセグメントが受け取られたにもかかわらず、送信側端末がセグメントが失われたと誤って判断し、セグメントを再送する現象(誤再送)に注目した。まず、誤再送が発生する原因について詳しく分析し、誤再送によるTCP の性能劣化の度合いを解析的手法を用いて明らかにした。その結果、送受信端末間の伝播遅延時間が大きい時、また最大ウィンドウサイズが大きい時に誤再送によって性能が大きく劣化することがわかった。そこで、性能劣化を防止する方式として、再送セグメントのラウンドトリップ時間を計測することによって再送が誤再送であったかどうかを判断し、誤再送であれば再送を中止し、ウィンドウサイズを再送前の状態にすばやく戻す方式を提案した。提案方式の有効性はシミュレーションによって検証し、提案方式を用いることによってセグメントを誤再送した場合にもすぐに誤再送と判断し、性能劣化を回避できることを示した。すなわち、TCPのフロー制御方式を最小限に改変することによってネットワークの高速化に対応できることが明らかになった。

[関連発表論文]
  1. 長谷川剛, 大崎博之, 村田正幸, 宮原 秀夫, "誤再送を考慮したTCPのふくそう制御方式/エラー回復方式の改善," 電子情報通信学会論文誌, vol.J82-B, pp.2074-2084, November 1999. [PDF]