5. フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究

光伝送技術の発展には目覚しいものがあり,WDM(波長分割多重)技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた.しかし,光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち,インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である.短期的には,高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられ,長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークや光パケットスイッチネットワーク,光パスネットワークと光パケットスイッチネットワークを統合した適用形態も十分に考えられる.本研究テーマでは,これらの点に着目した研究を進めている.

5.1 光パスネットワークに関する研究

5.1.1 論理トポロジー制御のためのトラヒックマトリクス推定手法に関する研究(NTTネットワークサービスシステム研究所との共同研究)

トラヒックを効率的に収容する方法として,IP/光ネットワーク上で,光パスによって構築される論理トポロジ(VNT)を動的に再構成する手法の研究が進められている.しかしながら,VNT を適切に再構成するためには,対地間のトラヒック量を把握しネットワークを制御することが必須であるが,ネットワークの規模が大きくなるとともに,収集する制御情報量が増加する.そのため,リンク負荷などの一部の測定情報から対地間トラヒック量を推定するトラヒックマトリクス推定手法の適用が望まれるが,トラヒックマトリクス推定を考慮に入れていない従来のVNT 再構成手法では,推定誤差の影響を大きく受ける.下記論文では,トラヒックマトリクス推定を考慮に入れた新しいVNT 再構成の手法を提案した.提案手法では,VNT 再構成を複数ステージに分け,前のステージでの測定情報を推定に反映させることにより推定誤差を削減しつつVNT 再構成を行う.シミュレーションによる評価の結果,5回の制御の後,提案手法ではトラヒックマトリクスの推定誤差が70%削減され,リンク使用率を目標値以下まで削減する際に必要な制御回数を1/5以下となることを示した.また,収集する制御情報量の更なる削減のために,一部のリンクを観測対象として選択し,選択されたリンクのリンク使用率のみから,ネットワークの全リンクのリンク使用率を推定する手法を提案した.観測リンクの選択方法として,リンクを経由する対地間トラヒックの本数を基準とした手法,リンク上のトラヒック量が多いリンクを選択する手法,トラヒック量が小さいリンクを選択する手法の3 種類の観測リンク選択手法を比較評価し,経由する対地間トラヒックの本数が少ないリンクを観測リンクとして選択する手法が,最も正確に全体のリンク使用率を推定することを示した.また,全リンクのうち4 割のリンクを観測対象とすることで,推定誤差が十分に抑えられることが明らかとなった.

[関連発表論文]

5.1.2 フォトニックインターネットにおける論理トポロジー制御手法に関する研究(NTTネットワークサービスシステム研究所との共同研究)

P2Pネットワーク,VoIP,動画配信サービスなどの新たなサービスが登場し,ネットワーク上でのトラヒックの変化は大きくなっている.これまで,トラヒック量を既知として効率良く収容するための論理トポロジー制御手法に関する研究が数多くなされているが,トラヒックの変化に対して適応的に論理トポロジーを制御することが重要である.本研究では,ネットワーク性能の最適化のみではなく,環境の変化に対する適応性を備えたネットワーク制御手法として,生物が未知の環境変化に適応する振る舞いをモデル化したアトラクター選択に基づく論理トポロジー制御の確立に取り組んでいる.下記の論文では,ネットワークの環境変化への適応性を目的とし考案しているアトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法の性能評価を行った.計算機シミュレーションによってアトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法と既存の論理トポロジー制御手法を比較し,最大リンク利用率を指標としてその性能を評価した.性能評価の結果,アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法では,既存の論理トポロジー制御手法と比べ,2倍程度の大きさのトラヒック変動に対して制御可能となり,より大きなトラヒック変動に適応しリンク利用率を改善することが可能であることがわかった.また,リンク利用率改善に必要となる制御回数は,既存の論理トポロジー制御手法の十分の一程度となることが明らかとなった.さらに,実機で構成されたGMPLSネットワークを用いて,アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法の実証実験を行った.実証実験により,アトラクター選択を用いた論理トポロジー制御手法は実ネットワーク上で動作することを確認した.

[関連発表論文]

5.1.3 フォトニックネットワークを用いたネットワーク仮想化に関する研究

近年,Peer-to-Peer やVideo-on-Demand 等のアプリケーションの普及により,トラヒックの時間変化が大きくなっている.また,単一のネットワーク資源上で複数のサービスが提供されるようになり,サービス間で資源の競合が発生することも問題視されるようになってきている.これら問題に対して,我々の研究グループでは,ネットワークを仮想化し,サービスごとに仮想ネットワークを割り当て,各仮想ネットワークを環境変動に適応して柔軟に組み替える機構を検討している.下記論文では,フォトニックネットワークを用いたネットワーク仮想化について,我々の研究グループで検討を行っている機構の概要を述べ,仮想ネットワークを環境変動に合わせて組み替える制御を行う動的トポロジー制御サーバサーバプラットホームの設計,システム間のインタフェースの仕様を述べている.

[関連発表論文]

5.2 光パケットネットワークに関する研究

5.2.1 小容量バッファを持つフォトニックパケットスイッチネットワークに関する研究

パケット中のヘッダを識別してパケット単位のスイッチングを光領域で行う.ルーティングを行うフォトニックパケットスイッチは,現在のインターネットで広く用いられているIPパケット処理の高速化・大容量化を実現するスイッチング方式として期待されている.光パケットスイッチネットワークでは,中継ノード においてパケットの競合を回避するために,光領域でパケットを格納する光バッファが必要となる.近年,フォトニック結晶や双安定半導体レーザを用いた微小共振器構造による光閉じ込め効果を利用した光メモリの研究開発が行われているが,光メモリの集積度は電気の場合と比べる遙かに小さい.そこで,本研究では,小容量バッファを持つフォトニックパケットスイッチによって構成されたネットワークを対象とし,ネットワークのスループットを向上させるための手法を検討している.下記の論文では,出力バッファ型,入力バッファ型,入出力バッファ型,および,共有バッファ型のスイッチアーキテクチャのそれぞれに対し,XCPに基づくフローコントロール機構を導入した際の必要バッファ容量を評価している.シミュレーションによる評価の結果,共有バッファ型のスイッチアーキテクチャの必要バッファ容量は最も少なく,出力リンクあたり4kbyteとなることを示した.

[関連発表論文]

5.2.2 光パケット/パス統合ネットワークに関する研究

WDM 技術のインターネットへの適用形態として, 論理トポロジーを構築してパケットを転送するパケット交換型のIP over WDMネットワークや,データ発生時に光パスを構築してデータ転送を行うパス交換型の通信形態が広く検討されてきた.現状のインターネットは,パケット交換原理にもとづく通信形態が主流であるが,トラヒックの増大や関連技術の進展にともない様々な課題が顕在化している.例えば,1) パケット交換により高い回線利用率を達成するためには,ルータのバッファの大容量化と高速化が重要となるが,回線容量の増大とともに必要量の確保が難しい, 2) パケット交換はバッファリングを前提としており,その結果,通信品質の保証が困難となっている,3) また,通信品質をある程度保証するためには,回線容量やルータ処理能力のオーバープロビジョニングが必須となる,4) パケット毎に宛先探索等の処理が必須となるため,パケット数の増加とともに消費電力も増大する,5) 回線容量の増大にともない,パケットのヘッダ処理速度も向上させる必要があり,それにともないインタフェースコストが増大する,などが挙げられる.従って,単にパケット交換型もしくはパス交換型のネットワークを構築するのみでは,近年の多様なアプリケーションやサービスが必要とする通信品質への要求・要望を満たすことは困難であり,パケット交換型ネットワークとパス交換型ネットワークを融合し,それぞれの長所を生かすことが可能なパス/パケット統合ネットワークを構築することが重要であると考えられる.本課題では,このような考えのもと,光パケット/パス統合ネットワークに関する研究に取り組んでいる.

本研究では,パケット交換ネットワークとパス交換ネットワークに対してそれぞれ波長を割当てることで実現する光パケット/パス統合ネットワークの性能を評価した.まず,割当波長数を固定とした場合に,データ転送要求が発生してからデータ転送が完了するまでの時間であるレイテンシを求めた結果,トラヒック負荷に依存して最適な割当波長数が定まることが示した.そこで,トラヒック負荷の変化に対して適応的に割当波長数を制御し,レイテンシを低減するために,パケット交換ネットワークの平均キュー長に基づく動的波長割当と,二種のバクテリア菌が共生する数学モデルである生物共生モデルに基づく動的波長割当を考案した.計算機シミュレーションの結果,波長割当数を固定とした場合に比べて,動的波長割当手法が,50%以上転送遅延が低減されることが明らかとなった.また,生物共生モデルに基づく動的波長割当手法では,パケット交換ネットワークの平均キュー長に基づく動的波長割当手法に比べ,約40%程度転送遅延が低減されることが明らかとなった.

[関連発表論文]