5. 次世代ルーティングアーキテクチャに関する研究

5.1 ルータアーキテクチャに関する研究

5.1.1 ネットワークトラヒック変動に追従し省電力化を実現するスライス化ルータアーキテクチャに関する研究(ルネサステクノロジ株式会社との共同研究)

ネットワークトラヒックは今なお、爆発的勢いで成長を続け、社会インフラの整備やネットワーク機器の性能の向上は継続的な技術課題となっている。特にネットワーク機器においては、ルータの消費電力が大きな割合を占めており、性能の追及とともにその省電力化が急務である。一般にルータなどのネットワーク機器はトラヒック量の変動に関係なく、常に100%の処理能力で動作し続けることを前提として設計されてきた。その結果、特に夜間や休日など、トラヒック量が少ない場合には、消費電力に大きな無駄が生じる。そこで、トラヒック変動に応じてトラヒックを特定の経路に集約し、不要となった経路上のルータを停止させることによって省電力化を図るトラヒックエンジニアリング技術の研究開発なども進められている。本研究では、ルータの低消費電力化を目的として、ルータアーキテクチャ内部のコンポーネントを小規模の複数スライスに分割し、スライス単位の動作制御に加え、トラヒックに追従可能な復帰時間を優先したホットスタンバイと、復帰時間は長いが電力消費を伴わないコールドスタンバイという2つの待機状態を制御するアーキテクチャを提案する。本研究では、主要な役割を担うメモリベースのLSIのスライス化とLSI待機時について、電力消費を完全に遮断するコールドスタンバイと復帰時間の短いホットスタンバイの導入によって動的な制御を示し、効果的な省電力効果と有効性を示す。具体的には、メモリ構造を分割し、電源制御を備えたスライス化メモリアーキテクチャをネットワーク機器へ導入した。パケットバッファリングにおいてキューの占有率に応じ、必要最小限のスライスメモリを動作することで省電力化を実現するメモリコントローラを設計、試作によりその有効性を示した。

[関連発表論文]

5.1.2 コンテンツセントリックネットワーク実現のためのルータアーキテクチャに関する研究

現在のインターネットアーキテクチャは、設計時代には想定されなかった様々な問題に対処するため、多種の機能が複数のレイヤで混在するなど、複雑化および非効率性が指摘されている。また、これまで固定であることが前提であったIPアドレスについても、移動可能な端末が急速に普及するに従い、端末の識別子としてIPアドレスを用いることが不適切になりつつある(ID/Locator 分離問題)。このような背景から、現在世界レベルで次世代のネットワークアーキテクチャを白紙状態から検討する、クリーンスレートネットワークアーキテクチャに関する研究がなされている。

本研究では、このようなクリーンスレートネットワークアーキテクチャにおいて重要な機能の一つである「意味のある名前(情報)」をアドレスとしたレイヤ3による資源発見メカニズムに関する検討を行っている。

本研究ではその第一段階として、ドメイン名(FQDN)にもとづくルーティングアーキテクチャについて検討を行った。具体的には、ドメイン名をアドレスとしたレイヤ3ルーティング実現のためのルーティングトポロジ構築、ハードウェア資源割り当て、およびドメイン名の分散格納手法に関してそれぞれ提案し、現在登録されている全 FQDN をルータに格納するために必要となるハードウェア資源量、およびルータ数に関する定量評価を行った。その結果、約6.6億個のFQDNを分散格納するのに必要なルータ数は現時点で入手可能はハードウェア資源(TCAM)をしても、1000台オーダ程度で可能であることを示した。ただし、FQDNによるルーティングを行うための論理トポロジー上のルータは、実際に配置されている物理トポロジーのルータとの適切なマッピングが行わなければ、論理トポロジーと物理トポロジーの間に不整合が生じることになる。また、検索効率を向上させるためには、位置情報だけでなく FQDN のアクセス頻度を考慮したルーティングテーブルの再構成が行われることが望ましい。以上の点を考慮し、本研究では名前のアクセス頻度を考慮した論理・物理トポロジマッピング、およびそれを実現するためのルーティングテーブルの再構成のアルゴリズムを提案した。提案方式を用いることで、アクセス頻度や物理情報を考慮しない場合と比較して FQDN の検索効率の向上が確認できた。次に本研究では、その資源名の一例として「トピック名」でのルーティングがアプリケーション層ではなく、ネットワーク層で実現可能であることを論じ、計算機シミュレーションによる実験でその実現可能性を明らかにした。具体的には、既存の IP マルチキャストで使用されているルータのハードウェアが、コンテンツをトピック名で購読するユーザ数が増加した時に対応できない問題点を指摘し、トピック名とユーザ数が zipf 分布である実際のデータベースを用いてコストを抑えつつ検索レイテンシを低減できるメモリ構造を提案した。

[関連発表論文]

5.2 ネットワーク層に新たな価値を付与するIPv6通信アーキテクチャに関する研究(日本電気株式会社との共同研究)

現在インターネットが直面する緊急かつ大きな問題としてIPv4 (Internet Protocol version 4) アドレス枯渇問題がある。昨今、インターネットに接続されるノードが加速度的に増加し、その結果大量の新規IPv4アドレスの要求が世界中で発生した。しかしながら、すでに新規に割当可能なIPv4アドレスはもはやほとんどなく、2011年2月3日、IPv4 アドレス割当を管理している IANA (Internet Assigned Numbers Authority) は、ついに最後の未使用アドレスブロックの地域レジストラ (RIR; Regional Internet Registry) への割当を完了した。

IPv4 の新規アドレス割当の終了に対する抜本的な解決法はアドレス空間の広いIPv6への移行を推進することである。しかしながら、IPv6への移行については依然としてさまざまな課題があり、キャリア、プロバイダ、あるいは行政の施策通りに進捗していないのが現状である。本研究では、IPv6移行を促進させるため、ネットワークオペレーションの複雑化を軽減させ、さらにIPv6ネットワークによる新しい通信アーキテクチャを導入することでセキュリティ・プライバシを向上させるなど、IPv6移行促進のドライビングフォースとなりうる技術課題について検討を行っている。

5.2.1 使い捨て可能なサービス専用アドレスを実現するIPv6 Unified Multiplex 通信アーキテクチャの設計、実装および実運用に向けた評価に関する研究

IPv6の導入に伴い、インターネット上の全ての通信ノードにグローバルアドレスが設定でき、IPv4では実現できなかった、真にグローバル通信が可能となる時代を迎えようとしている。そのような通信環境において、セキュリティーに配慮できる新たな通信形態や通信アーキテクチャが求められており、その要求に応えるべく我々は “Unified Multiplex 通信アーキテクチャ”という呼ぶ新たな機構を提案してきた。Unified Multiplex アーキテクチャでは、通信サービスを実現する方法を見直し、既存の方法と大きく異なる、動的に生成し、対象のサービスが存在する間のみ有効で、サービスが終了すれば使い捨てる、そのサービス専用のアドレスSSA(Specific Service Address)などを用いる方法を提唱している。ここでは、IPv6の持つ総当り探索が不可能な広大なアドレス空間の特長に最大限に利用し、サービスごとにそのサービス専用となるアドレスを動的に生成して利用し、サービス終了と共に破棄する方法を用いている。この方法はシンプルな方法でありながら効果が高く、プライバシー保護を含むセキュリティーに配慮できる機構として設計している。

本研究では、Unified Multiplex 通信アーキテクチャの概念、およびそれを実現するためのカーネルおよびユーザコマンド設計開発について検討を行った。特に、既存の通信アーキテクチャの相違点から、Unified Multiplex 通信実現のための技術課題について列挙し、アドレス状態遷移、TCP状態管理などの修正、およびアドレス管理ユーザコマンドの作成によってUnified Multiplex通信が実現可能であることを示した。

[関連発表論文]

5.2.2 IPv6 普及促進に向けた運用における管理負荷軽減に関する研究

IPv6 アドレスは 128bit もあり長いために人間がその値を記憶するのは容易ではない。さらに自動で生成設定されるアドレスは人間には規則性のない数字の羅列と感じられ、数字表記の IPv6 アドレス情報は、IPv4 アドレスとは異なり、実質的にほとんど覚えることができない。アプリケーションの引数として人がアドレスをタイプするのも大変煩雑である。別の視点として、IPv6 アドレス情報が人に通信状態を伝えるために提示された場合、 そのアドレスが実際にどのノードに設定されたものかを人間が把握できないとその情報は役に立たない。覚えることができないあるいは一目で(他のアドレスと同一かどうかなどを)見分けることができない数字表記の IPv6 アドレス情報は、結果として実質的にほとんど意味のない情報になっている。また、IPv6 では 1ノード(インターフ ェース)に対して複数のアドレス(リンクローカルアドレスに加えグローバルアドレス)を設定するのが一般的であり、アドレスが実際にどのノードに設定されているものかを人が識別し把握するのを一層難しくしている。 本研究では上記の問題を統合的に解決すべく設計実装した Auto Name と呼ぶ機能を設計した。全ての IPv6 アドレスに対応する Auto Name と呼ぶネームを自動で生成登録し、これを利用することで上記の問題を解決している。同じノード(インターフェース)に設定された複数のアドレスに対しては同じ Auto Name Prefix を用いることでグループ化し、アドレスが実際にどのノードに設定されているのかを分かり易く示すことにも貢献している。Auto Name は固定長文字列であるため、アドレス表示の際に桁が揃い見やすくなるなどの副次的な効果も期待される技術である。

[関連発表論文]