2. ネットワークサービスアーキテクチャに関する研究

2.1 オーバレイネットワークアーキテクチャに関する研究

2.1.1 オーバーレイネットワーク共生環境

物理網上に構築されたオーバーレイネットワークはそれぞれのアプリケーションレベルのQoSの向上のため,利己的にトラヒック制御,経路制御,トポロジー制御を行う.このような利己的な振る舞いは物理網を介して他のオーバーレイネットワークに影響を与え,それらネットワークの利己的な制御を引き起こすため,結果としてネットワーク全体の性能が劣化する.本研究では,生物の共生メカニズムに着想を得て,オーバーレイネットワークの共生の仕組みを提案している.ノードは自律分散的に振る舞い,オーバーレイネットワークに参加,離脱するとともに,他のネットワークに対して論理リンクを接続,切断する.互いに利する論理リンクは維持されるため,双利関係にあるオーバーレイネットワーク間には多くの論理リンクが設定されるようになり,いずれ一つとなる.このようにしてよりよいオーバーレイネットワークが自己組織的に構築されることとなる.

本研究では,生物の共生の仕組みを説明する数学モデルを適用することにより,ネットワークが共生するための条件について分析した.その結果,単一のネットワークでは存在できないが他のネットワークとの共生によって生存が可能となるパラメータ領域が存在することを示した.

[関連発表論文]

2.1.2 オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する研究(日本電気株式会社との共同研究)

オーバレイネットワークには,エンドホスト間のTCPスループットや遅延時間,IPネットワークレベルあるいはオーバレイネットワークレベルのホップ数などのネットワーク性能を指標として,トラヒック制御を行うものが存在する.また,特定のアプリケーションを前提とせず,トラヒックのルーティングそのものを目的(アプリケーション)とするオーバレイネットワークも登場しつつある.オーバレイルーティングを行うことによって,通常のIP ルーティングに比べて,利用するユーザにとってのネットワーク性能(スループットや転送遅延時間など)が改善することが明らかとなっている.これは,オーバレイルーティングとIPルーティングではルーティングに用いるポリシーが大きく異なることに起因している.しかし,逆にオーバレイルーティングが,IPルーティングを司るISPに悪影響を及ぼすことが考えられる.これは,主にISP が持つ他ISPとの接続リンクの課金構造が原因で発生する.ISPが上位ISPに対して持つトランジットリンクは,通過するトラヒック量の最大値に応じて通常課金される.一方,ピアリングリンクに関しては,コストは回線そのものの維持コスト(通常ピアリングするISP で折半される)を除いてほとんど発生しない.ISP が行うIP ルーティングはこのコスト構造の違いを考慮して行われており,ピアリングリンクにはピアリング関係にある両ISPを起点・終点とするトラヒックのみが通過する.一方,アプリケーションレベルで行われるオーバレイルーティングはこのようなISPの都合を考慮せず,ネットワーク性能やアプリケーションの要求のみに基いて行われるため,ISPが前提としているコスト構造を無視したトラヒックが発生することが考えられる.

本研究ではこの問題をオーバレイルーティングによるネットワークただ乗り問題と呼び,それがISPにとって無視できない問題であることを指摘した.まず,本研究において対象とするただ乗り問題の定義を行い,ISPにとって深刻な問題となり得ることを指摘した.また,オーバレイルーティングがルート選択の際に用いるパスの性能指標として空き帯域(利用可能帯域)およびノード間ラウンドトリップ時間を考え,それぞれを用いた場合に,他のノードを中継してトラヒックが運ばれる条件およびそのトラヒック量に関する定式化を行った.また,研究用大規模オーバレイネットワークであるPlanetLabで得られている参加ノード間の計測データを用いて,ネットワーク全体でどの程度のトラヒックがただ乗り経路によって運ばれる可能性があるかを試算し,それが無視できない量であることを指摘した.

さらに本研究では,ネットワークただ乗り問題を評価するための定量的な指標を導入し,オーバレイルーティングを行った際に発生する,ただ乗り問題の大きさに関する評価を行った.その結果,ユーザ性能が向上するようにオーバレイルーティングを行うと,その時用いられるオーバレイパスの65-90%はただ乗りを発生させることが明らかとなった.また,特に利用可能帯域をメトリックとする場合には,ユーザ性能が向上し,かつ,ただ乗り量が減少するようなオーバレイパスを選択できる確率が高くなることを示した.

[関連発表論文]

2.1.3 大規模ネットワーク障害に対応可能なオーバレイルーティング手法に関する研究(NTTサービスインテグレーション基盤研究所との共同研究)

地震,風水害,テロなどの大規模災害に対するコンピュータネットワークの対策に関しては未だ体系的に議論されておらず,災害発生時においてもネットワークの十分な信頼性を確保することは難しい.通常,高信頼なネットワークは冗長性に優れた構成を組むことにより実現されるが,インターネットにおけるIPルーティングプロトコルでの転送経路切替方法では短時間での切替は困難である.また,IP層の機能強化を行う場合にも,共通基盤に新しい機能を付加することにより,それに付随する制御が種々派生し,その複雑さによってアーキテクチャの破綻を招く恐れがある.

また,これまでのネットワーク制御に関する研究の多くはコストと性能のトレードオフを論じるものであり,非常時などにおける障害は確率的には非常に小さい発生事象にも関わらずコストが大幅に増大するため,これまであまり検討されていない.また,それらの中でもネットワークの高信頼化を実現する研究はあったが,それらのほとんどは単一障害を仮定しており,大規模なネットワーク障害に関する研究はほとんど行われていない.

そこで本研究では,オーバレイネットワークを用いたトラヒックルーティング技術を用いることで,大規模災害等によってIPネットワークに大きな障害が発生した際に,従来のBGPによるAS間ルーティングでは到達不可能となるAS間通信の大部分を短時間で復旧することが可能となる,オーバレイルーティング手法を提案した.具体的には,オーバレイノードの設置場所,情報交換手法,ASの参加・離脱手法等の検討を行い,小さい通信オーバヘッドでより多くのASが参加可能となるオーバレイネットワーク構築手法を提案した.提案手法の有効性は,CAIDAがBGPトラヒックの計測を行い公開しているASネットワークトポロジを用いて検証し,提案手法がオーバレイノード間の情報交換量を従来手法に比べて1/10-1/1000程度に削減できること,および大規模ネットワーク障害に対して,高いネットワーク接続性を維持し,BGPに比べて短時間で代替経路を発見することができることを示した

また本研究では,ネットワーク障害からの回復手法のもうひとつのアプローチである,プロアクティブ型の障害回復手法を,オーバレイネットワークを用いたオーバレイルーティングに適用する手法について検討を行った.検証の結果,提案手法が単一の障害のみに留まらず,複数の障害発生時においてもBGPによるルーティングに比べて高い到達性を実現し,かつ障害発生後の平均経路長が理想的な場合に比べてほとんど増加しないことを明らかにした.

[関連発表論文]

2.1.4 オーバレイネットワークにおける計測オーバヘッドの削減に関する研究

オーバレイネットワークはIP ネットワーク上に論理的に構築されたネットワークであるため,性能の維持,向上のためには定期的にオーバレイパスの資源情報を計測によって得る必要がある.オーバレイネットワークの構築に必要な情報を得る手法は数多く提案されているが,その多くは小規模なオーバレイネットワークを対象としており,全てのオーバレイノード間の経路を計測する手法である.このような手法ではオーバレイノード数の2乗の計測コストが必要であり,オーバレイノード数が増加した場合には計測に必要なコストの増加が問題となる.

そこで本研究においては,IPネットワークにおけるルータ数に対するオーバレイノードの割合(オーバレイノード密度)に対しコストがスケーラブルな計測手法を提案した.具体的には,経路の重複が明らかな場合,つまり,オーバレイパス内に他のオーバレイノードが含まれており,オーバレイパスが複数のホップ数の小さなオーバレイパスで構成されている場合に,それらの部分オーバレイパスの計測結果を用いて資源情報を推測することにより,計測パス数の削減を行う方式を提案,評価した.本手法は,オーバレイノード密度が増加した場合,このような経路の重複が増加することを利用し,オーバレイノード密度に対するスケーラビリティを実現している.数学的解析手法,およびさまざまなトポロジに対するシミュレーションによって計測パス数の評価を行った結果,提案手法を用いた場合の計測パス数をフルメッシュ計測と比較して最高で約1/4000 程度に削減できることを明らかにする.また,シミュレーションよりオーバレイパスの資源情報の推測に必要な情報交換数の評価を行った.さらに,ネットワークにおけるノード次数の分布を利用したオーバレイノードの設置戦略を提案し,計測パス数をさらに約1/5 程度に削減できることを示した.

さらに本研究では,ネットワークただ乗り問題を評価するための定量的な指標を導入し,オーバレイルーティングを行った際に発生する,ただ乗り問題の大きさに関する評価を行った.その結果,ユーザ性能が向上するようにオーバレイルーティングを行うと,その時用いられるオーバレイパスの65-90%はただ乗りを発生させることが明らかとなった.また,特に利用可能帯域をメトリックとする場合には,ユーザ性能が向上し,かつ,ただ乗り量が減少するようなオーバレイパスを選択できる確率が高くなることを示した.

[関連発表論文]

2.1.5 資源探索範囲を考慮したP4Pネットワークの性能評価に関する研究

オーバレイネットワークに用いられる技術の1 つであるオーバレイルーチングは,必要に応じて送信ノードと受信ノード以外のオーバレイノードを中継してデータ転送を行なうことにより,効率の良いデータ転送が可能となる.オーバレイルーチングを利用すると,利用しない場合にはデータ転送に関与しなかったネットワークがトラヒックを中継することがあり,そのトラヒックがトランジットリンクを通過すると,中継されたネットワークを運営するISP は不当にコストを支払わされる.この問題をネットワークただ乗り問題と呼ぶ.また,P2P ファイル共有ネットワークにおいて,リクエスト元のピアが所属するISP 内に要求するコンテンツが存在しても,外部ネットワークに存在するピアをダウンロード相手として選択する場合がある.この通信で発生するトラヒックはトランジットリンクを通過する可能性が高く,ISPのコストの増大が問題となる.P2P ファイル共有ネットワークにおけるただ乗り問題を軽減する技術として,P4P と呼ばれる技術が近年注目されている.P4P はISP とP2P ネットワークが協調してピア選択を行なうことにより,ネットワーク資源の公平かつ効率的な利用,およびISP のトランジットコストを削減することを目的とした技術である.また,トラヒックが中継されるときに,運ばれるコンテンツを中継ノードの所属するISP においてキャッシュすることによって,ユーザ性能の改善,および将来的なトランジットコストの低下が期待される.

そこで本研究では, P4Pおよび中継キャッシュを考慮したP2Pファイル共有ネットワークの性能評価をシミュレーションによって行なった.性能評価においては,ネットワークのトポロジやP2Pアプリケーションのコンテンツ検索手法の違いによって生じる資源探索範囲の違いに着目した.シミュレーションによる評価の結果,資源探索範囲が狭い状況においては,遅延時間が最小となるピアを選択可能な場合,P4Pの適用により,新しいコンテンツは7-8%,ある程度拡散したコンテンツは10-18%遅延時間が小さくなることが分かった.また,ランダムにピアを選択する場合は,P4Pの適用により,新しいコンテンツは28-29%,ある程度拡散したコンテンツは34-41%遅延時間が小さくなることが分かった.

[関連発表論文]

2.2 λコンピューティング環境の構築に関する研究

近年,ネットワーク接続された複数の計算機を用いて大規模な科学技術計算を行うグリッド計算に関する研究開発が盛んに行われている.グリッド計算環境で分散計算を実行する場合,現状ではノード計算機間の通信にはTCP/IPが用いられているが,TCP/IPを用いたパケットを単位としたデータ交換では,パケット損失やパケット処理に要するオーバーヘッドの影響が大きく,大規模計算で必要な大量データの共有や交換を行うには十分な性能を得ることは困難である.そこで各ノード計算機に光ファイバを直結し,さらに近年研究開発が活発に行われているWDM (Wavelength Division Multiplexing)技術を適用して波長パスをノード計算機間の高速な通信チャネルとして活用するλコンピューティング環境を提案している.すなわち,波長パスを利用することにより,ユーザに対して高速かつ高信頼な通信パイプを提供することが可能になり,さらに,波長パスを用いて,例えば仮想的にノード計算機をリング状に接続することによって,分散計算を行うノード計算機間でのデータ交換,共有ができるようになる.現在,λコンピューティング環境の実現形態として,WDM技術に基づくフォトニックネットワークを用いてグリッド計算環境を構築している.

2.2.1 λコンピューティング環境におけるメッシュトポロジを考慮した共有メモリアーキテクチャの設計と評価

λコンピューティング環境における共有メモリアーキテクチャでは,従来のマルチプロセッサシステムとは異なり計算機が広域に展開しているため,ネットワーク特性がその性能に大きな影響を与える.以前の研究において,λコンピューティング環境における共有メモリアーキテクチャのモデル化を行い,ネットワークやキャッシュ一貫性制御のための処理がシステムの性能に与える影響を解明し,λコンピューティング環境に適した共有メモリアーキテクチャが報告されている.この報告において対象とされたネットワークモデルは単一波長,複数波長を用いるリングモデルとフルメッシュモデルである.単一波長のリングモデルでは,各ノード計算機での処理時間やリング1 周分の遅延時間の影響が,複数波長のリングモデルでは,リング1周分の遅延時間の影響が大きくなり,フルメッシュモデルではハードウェアの制約上,実現が難しいと考えられる.

そこで,本研究では,λコンピューティング環境において波長数を考慮したメッシュトポロジにおける共有メモリアーキテクチャを提案し,その性能を評価する.具体的には,メッシュトポロジを分割し多階層化することにより使用する波長数を抑制する.解析方法としてはノード計算機のCPU 状態に基づき,セミ・マルコフ過程を用いて解析を行った.数値例を用いて評価した結果,フルメッシュトポロジと比較して,共有メモリアクセス頻度が小さい場合には95%以上の,大きい場合には50%以上の計算スループットが得られることを明らかにした.

[関連発表論文]