2) 情報環境ネットワークアーキテクチャに関する研究

プロセッサ技術の進歩とともに,家電製品,携帯情報端末,駅や店な ど不特定多数が利用する施設での情報収集・提示装置,車や電車などの情 報提示装置など,我々の生活環境には数多くの高度な情報処理機器が導入 されつつある.しかし,それらは現状では個別の利用にとどまっており, それぞれが獲得,処理した情報を他の情報処理機器でも活用できるような 情報環境を確立するまでには至っていないのが現状である.特に最近MEMS 技術の進展によってセンサの小型化・軽量化が図られるようになり,多種 多様なセンサから情報を取得できる環境が整いつつあり,その結果,健康 管理,防犯・セキュリティ,防災,気象などの環境測定,快適なオフィス 環境など個人生活から産業社会までさまざまな応用の可能性が見えてきて いる.本研究テーマは,センサを含む情報処理機器から得られた環境情報 をネットワーク経由で取得し,利用者にとって真に有益な情報を提供でき るような情報環境を構築し,多種多様な通信手段をシームレスに結合し, その使用環境に応じて適切な情報資源を容易かつ自在に利用できるように なる情報環境ネットワークの構築を目的としている.

2.1) センサーネットワークアーキテクチャに関する研究

無線,有線による通信能力を有するセンサ端末を多数配置し,ネット ワークを構成することで,環境や物体の状態や振る舞いを遠隔地からでも 観測,測定することのできるセンサーネットワーク技術は,その応用範囲 の広さから,多くの研究者の注目を集めている.用途によってセンサ端末 は数百〜数千台と多数になることから集中管理型の制御は困難であり,ま た,無作為に配置,導入されうることなどから,センサネットワークのた めの通信機構は自律分散的であることが求められる.また,多くの場合セ ンサ端末は電池駆動のため,通信機構は省電力でなくてはならず,さらに, センサ端末は必要に応じて追加,移動されるとともに電池切れなどによっ て停止するため,そのような変化への適応性,頑健性を有することも重要 である.

本研究テーマでは,センサーネットワークのための,自律分散型で, センサ端末数や観測領域の広さに対する拡張性,センサ端末の追加,移動 に対する適応性,センサ端末故障に対する頑健性を有する省電力なセンサ 情報交換・収集機構の確立を目指す.

2.1.1) センサネットワークにおけるセンサ情報収集のためのクラス タリング

無線通信機能を有する数百〜数千のセンサ端末を無作為に配置し,環 境や物体の情報を収集するセンサネットワークにおいて,長期間の観測を 行うためには,電力効率のよいセンサ情報収集機構が必要不可欠である. センサ情報収集の電力消費を抑えるためには,近隣のセンサ端末間でクラ スタを形成し,クラスタ内であるセンサ端末(クラスタヘッド)にセンサ 情報を集約し,クラスタヘッドが基地局にセンサ情報を送信する手法が有 効であると考えられる.さらに,クラスタヘッドを交代制にし,センサ端 末間で電力消費を均一化するのがよい.

本研究では,局所的な情報のやりとりを通じたセンサ端末の自律的な 判断により,残余電力を考慮した効率のよいクラスタを形成するクラスタ リング手法を提案している.提案手法は,蟻の敵味方判別の仕組みを応用 したクラスタリング手法であるANTCLUSTに基づいている.蟻は,遭遇した 他の蟻と化学物質を交換することによりその所属する巣を推定し,敵か味 方かを判別する.一方,提案手法では,残余電力の多いセンサ端末がクラ スタヘッドに立候補し,他のセンサ端末の一部がクラスタの情報をブロー ドキャストしてクラスタの情報を周囲に広告する.この広告の受信を遭遇 とみなし,受信した情報から自身の所属すべきクラスタをセンサ端末が自 律的に判断することによりクラスタが適切に再構成される.シミュレーショ ンによる評価の結果,初期電力が均一,不均一に関わらず,クラスタベー スのセンサ情報収集機構であるLEACHやHEEDよりも長期間にわたってセン サ情報の収集が可能であることを示した.また,クラスタヘッド間のマル チホップ通信により基地局にセンサ情報を収集する手法について,センサ 端末あたりの消費電力を最小化するためのクラスタサイズを解析的に導出 した.クラスタヘッドが基地局からの距離に応じて適切なクラスタサイズ を決定することにより,固定的なクラスタサイズを用いる手法と比較して 消費電力を抑えられることを示した.

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2.1.2) 同期型センサ情報収集機構の確立

環境に配された多数のセンサ端末から定期的にセンサ情報を収集する アプリケーションに対しては,情報収集の周期にあわせて,センサーネッ トワークの周縁部のセンサ端末から順にセンサ情報を発信し,より基地局 に近いセンサ端末が中継する手法が効率的である.さらに,基地局から同 程度離れたセンサ端末が同期してセンサ情報を発信すれば,より基地局に 近いセンサ端末は信号受信のタイミングだけ無線受信機の電源を入れれば よく,また,受信したセンサ情報と自身のセンサ情報を集約してデータ量 を減らすことができれば,より電力効率のよいセンサ情報の収集が可能と なる.

本研究においては,拡張性,耐障害性,適応性,柔軟性があり,電力 効率のよい,同期型センサ情報収集機構を提案している.個々のセンサ端 末が自律的にセンサ情報を発信するタイミングを調整することにより,互 いに直接信号をやりとりすることのできないセンサ端末が同期し,センサ ネットワーク全体として適切な周期,タイミングでセンサ情報が収集され る.そのため,提案手法では,蛍やコオロギなどに見られる相互干渉によ る同期メカニズムをモデル化した,パルス結合振動子モデルを応用してい る.シミュレーションにより提案手法の有効性を示すとともに,市販の無 線センサ端末MOTE2への実装を通じ,無線通信の不安定性による提案手法 の問題を解決し,その実用性を示した.

[関連発表論文]

2.1.3) センサーネットワークにおける位置推定システムに関する研究

センサネットワークでは,移動可能なターゲットが発した電波を複数 の固定センサノードで受信することにより,受信電波強度(RSSI)を用いて ターゲットの位置検出が可能となる.このような位置検出はセンサネット ワークの利用範囲を広げるために有用であると考えられている.一般に RSSIによる距離推定は誤差が大きいために,多くのセンサからのデータを 用いることで位置推定の精度を上げることができる.しかしながら,必要 以上のデータ収集は,ネットワークに対する負荷の増大や,センサノード のバッテリ消費を増大させる問題がある.そこで本研究では,センサノー ド自身が周囲のノード配置密度を検出し,一定の精度を得るために必要な データ数を自律分散的に収集する手法を提案する.まず,シミュレーショ ンによって,一定の精度を得るために必要なデータ数を算出した.さらに, Zigbeeで用いられているIEEE802.15.4のMACプロトコルを対象として,収 集可能なデータ数と消費電力を解析的に導出した.また,Zigbee準拠のセ ンサーネットワーク製品である沖電気工業株式会社のユビキタスデバイス によって位置検出システムを構築し,室内環境において,センサの配置密 度を0.27個/m2とした場合,位置推定誤差を1.5〜2m程度まで高められるこ とが明らかとなった.

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2.2) アドホックネットワークアーキテクチャに関する研究

無線端末同士が有線回線を介さずに自律的にネットワークを構築し,通信を行うことができるようにするのがアドホック無線ネットワークシステムである.本研究テーマでは,アドホックネットワークにおける,経路制御方式やTCP通信の性能向上に着目した研究を推進している.

2.2.1) アドホックネットワークのためのスケーラブルでロバストな 経路制御手法に関する研究(大阪大学大学院情報科学研究科今瀬研究室と の共同研究)

アドホックネットワークのための経路制御手法としてはリアクティブ 型のAODVやDSR,プロアクティブ型のOLSRやTBRPFなどが提案されているが, 制御の複雑さ,シグナリングオーバヘッドの高さなどの観点から,処理能 力が低く,また電源容量の小さいデバイスには適さない.そこで,より制 御が簡単で自律分散型の経路制御手法として,アリの採餌行動に着想を得 たアルゴリズムが提案されている.

アリは,巣からでると餌を探し,餌を発見すると揮発性のあるフェロ モンを残しながら巣に戻る.アリはそれぞれ独立して行動するため,巣か ら餌に向かうアリ道は複数構築される.他のアリはフェロモンの多さに応 じてそれぞれの経路に惹きつけられ,餌場へとたどり着くことができる. 他のアリも同様にフェロモンを残しながら巣に戻るため,短い経路ほどよ り多くのフェロモンが蓄積され,その結果,最短経路が最も多くのアリを 惹きつけることになる.他の経路もフェロモンによってアリを惹きつける ことにより維持され,最短経路が失われた際にはそれら代替経路のうち最 短のものが新たに強化されることとなる.このようなアリの振る舞いを模 することにより,マルチパス化,確率的な経路選択によるノード故障への 頑健性もあわせて獲得することができる.また,link-state型, distance-vector型など従来の経路制御アルゴリズムとは異なり,それぞ れのメッセージは経路選択確率に相当するフェロモンを若干量変更するだ けであるため,メッセージの消失,誤りに対しても耐性を有する.

しかしながら,よい経路を確立するためには多数のアリを派遣して 十分なフェロモンを蓄積する必要があるため,ノード数が多くなるとシグ ナリングオーバヘッドが高くなるという問題を有する.そこで,本研究テー マにおいては,アリの採餌行動に着想を得た経路制御手法に注目し,制御 が簡単で,オーバーヘッドが低く,また,ノード数に対する拡張性,ノー ドの移動などトポロジー変化に対する適応性,ノード故障に対する頑健性 を有する自律分散型の経路制御手法の確立を目指す.

アリの採餌行動に着想を得た経路制御手法の一つであるuniform antア ルゴリズムでは,受信側ノードからアリを派遣し,アリによってネットワー ク内の他ノードから受信側ノードへの経路を確立する.受信側ノードから 派遣されたアリは与えられたTTLの範囲内でネットワーク内をランダムに 移動し,移動先ノードにおいて直前にいたノードへのフェロモンを増加さ せる.フェロモンの増加量はアリのたどってきたホップ数によって与えら れ,より短い経路を通ったアリはより多くのフェロモンを残すようになる. その結果,受信側ノードへのフェロモンを有するノードにおいて,フェロ モン量に応じて次ノードを確率的に選択することにより,受信側ノードへ の最短経路でのパケット転送が可能となる.しかしながら他のノードから の最短経路を確立するためには,多数のアリを派遣する必要があるため, ノード数の増加に伴ってシグナリングオーバヘッドの高さが問題となる.

そこで本研究では,より低いシグナリングオーバヘッドで短い経路を 確立することのできる経路制御アルゴリズムを提案している.提案アルゴ リズムでは,受信側ノードより遠いノードではそれほど正確な経路情報を 必要としないことからアリのTTLを段階的に定め,TTL の小さいアリを頻 繁に送出する一方で,TTLの大きいアリの送出頻度を小さくする.同時に, TTLの大きいアリが効率よく遠方のノードにたどり着くことができるよう, ノードのフェロモン量にもとづく移動手法を提案している.さらに,遠方 のノードにおいてフェロモン量を十分更新できるよう,効率的なフェロモ ン量更新アルゴリズムもあわせて提案した.シミュレーションによる評価 の結果,uniform antアルゴリズムと比較して1.8%程度のオーバヘッドで より短い経路を構築できることを示した.

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2.2.2) 生存時間の短いTCPコネクションのための低遅延ルーティングプロトコルに関する研究

従来のアドホックネットワークにおけるTCP通信の性能向上に関する研 究の多くは,TCPコネクションが永続的なものであることを仮定していた. しかし実際には多くのTCPコネクションの生存時間は短く,永続的なコネ クションのみを仮定することは不適切である.短いTCPコネクションにお いては,アドホックネットワークにおけるルーティングの遅延時間が無視 できないほど長いものとなる.本研究で我々は,生存時間の短いTCPコネ クションが多数存在するアドホックネットワークに適した,新たなルーティ ングプロトコル,LHR (Low-latency Hybrid Routing)を提案する.シミュ レーションによる評価の結果,LHRは既存のルーティングプロトコルより も多くのコネクションを,短時間に処理できることが明らかとなった.

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2.2.3) アドホックネットワーク上のTCPの性能向上に関する研究

FRNのようなアドホックネットワークにおいてTCPによる通信を行なっ た場合,同じ無線チャネル上でデータとACKのパケットが逆方向に送信さ れる.そのため,パケットが頻繁に衝突し,スループットが大きく低下し てしまう.このようなパケットの衝突を防ぐために,中間ノードにおいて データとACKのパケットを結合し同時に送信することで,無線帯域を効率 よく利用することができる.シミュレーションで様々なトポロジーで評価 した結果,我々の提案手法を用いることで最大60% のスループット向上が 得られることが分かった.また,データリンク層でホップごとの再送確認 を行なうようなシステムでは,受領確認の喪失によってパケットの複製が 発生する.TCPはこのようなパケットの複製による負荷の変化を想定して いないため,TCPの輻輳制御機構だけでは性能劣化を抑えることができな い.そこで本研究では,データリンク層での再送間隔をノードの負荷に応 じて制御する手法を提案する.シミュレーションによる性能評価を行った 結果,提案する手法によってTCPのスループットが最大16%改善し,また無 線回線の伝送誤りによるパケット損失が発生する場合にも効果があること が示された.

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2.3) P2Pネットワークアーキテクチャに関する研究

近年,ピア・ツー・ピア (P2P) モデルに基づいたサービスが多く提供 されている.P2P では,サービスに参加するホストはピアと呼ばれ,ピア が相互に接続して論理ネットワークを形成している.サービスの問い合わ せや応答は論理ネットワークを通じて行われるため,論理ネットワークが 安定して構成されることが重要となる.本研究テーマでは特に,動画像や 音声などのメディアストリーミング配信に対して,P2Pアーキテクチャを 導入することにより,利用者数,コンテンツ数,ネットワーク規模に対し て拡張性を有し,また,ネットワークの負荷変動,メディアへの需要の変 化,利用者の分布の変化などへの適応性があり,さらに,リンクやホスト, メディアデータの障害に対する耐性を獲得することができるような技術に 取り組んでいる.

2.3.1) スケーラブルなP2Pメディアストリーミング機構の確立

1.1.1参照

2.3.2) 低遅延かつ高品質なハイブリッド型P2P動画像ストリーミング 配信機構の確立(NEC との共同研究)

1.1.2参照

2.3.3) オーバーレイネットワーク共生環境の構築

QoSを保証しないIPネットワークにおいてアプリケーションの求める通 信品質,機能を提供するネットワークを実現するためのオーバーレイネッ トワーク技術が注目を集めており,ALM(Application-Level Multicast), CDN(Content Distribution Network),P2P,Grid などアプリケーショ ンごとに多様なオーバーレイネットワークが構築,運用されている.これ らのオーバレイネットワークは遅延や帯域,通信の安定性など,それぞれ のアプリケーションの必要とする通信品質を獲得,提供するため,それぞ れ独自かつ利己的に経路や通信レートを制御している.その結果,帯域や ルータ処理能力など物理資源を競合し,互いの品質劣化を引き起こす.

そこで,本研究テーマでは,生物界における分子,細胞,組織,個体, 群れの共生の仕組みに着想を得て,オーバレイネットワークが協調,共生 することによりネットワーク全体の性能を向上することのできる仕組みの 確立を目指している

そのために,本年度においては,オーバーレイネットワーク共生の仕 組みを提案している.それぞれのノードは自律分散的に振る舞い,オーバ レイネットワークに参加,離脱するとともに,他のオーバレイネットワー クに対しても論理リンクを確率的に接続,切断する.このとき,ノード自 身,またはノードの属するオーバレイネットワークに利する論理リンクは 高い確率で維持される.また,ノードは,オーバレイネットワーク間論理 リンクを通したトラヒックの流入出による通信状態の変化などに応じて, オーバレイネットワーク内での隣接関係を変更する.このようなノードの 振る舞いにともない,それぞれのオーバーレイネットワークも,ノードの 参加,離脱により成長,縮退するとともに,直接または間接的に他のオー バーレイネットワークとやり取りをし,さらに相互干渉の結果,トポロジー を変化させる.また,双利関係にあるオーバレイネットワークは互いに強 固に結びつき,一つとなる.このようにしてよりよいオーバレイネットワー クが自己組織的に構築されることとなる.

本研究では,特にP2Pファイル共有オーバーレイネットワークを対象に, 共生がネットワークトポロジやアプリケーションに対して与える影響を検 証するとともに,ファイル検索のためのメタサーバを有するハイブリッド 型P2Pネットワーク,サーバの存在しないピュア型P2Pネットワークにおけ る共生メカニズムの提案を行っている.

[関連発表論文]