5. 次世代エッジコンピューティングに関する研究

5.1. マイクロデータセンターにおけるリソース分離型アーキテクチャに関する研究

5.1.1. マイクロデータセンターにおけるリソース分離型アーキテクチャに関する研究

 近年、リアルタイム性の高い処理の実行のために、ユーザにより近いエッジに配置可能な比較的小規模のデータセンターであるマイクロデータセンターが提案されている。マイクロデータセンターは、大規模なデータセンターと比べて保有する資源量は限られているため、無駄のない資源利用が重要となる。そこで、CPU やメモリ等の資源同士を独立させ、ネットワークでつないだリソース分離型マイクロデータセンターが提案されている。リソース分離型マイクロデータセンターでは、資源割り当てがアプリケーションの実行性能に大きな影響を持ち、割り当て方によって、十分な資源が存在する場合でもそれらをつなぐネットワーク資源が枯渇してしまう恐れがある。そこで、本研究では、各資源の重要性に基づいた割り当てコストをもとに資源を割り当てることで、将来のアプリケーションの収容に必要となる資源の利用を回避し、必要な時に必要な資源をアプリケーションに対して割り当てることを実現する手法について提案し、シミュレーション評価により、提案した手法を用いることにより、短時間での処理を求められるようなアプリケーションに対しても適切な資源を割り当てることができることを示している。また、このような各アプリケーションに対する動的な資源割当に適したマイクロデータセンター内のネットワーク構成についても検討を進めている。

[関連発表論文]

5.2. セルラーV2Xのための移動体通信サービスにおけるエッジクラウド連携制御に関する研究

5.2.1. エッジコンピューティング技術を活用したセルラーV2Xにおける衝突検知手法に関する研究(一部、KDDI総合研究所との共同研究)【4.1.1項再掲】

 近年の組込みシステム技術や通信技術の進歩に伴い、CPS (Cyber-Physical System: サイバーフィジカルシステム) の実用化が進んでいる。CPSでは、フィジカルシステムにおいてセンシングを行い、サイバーシステムにおいて収集した情報を蓄積及び解析、その後再びフィジカルシステムにアクチュエートするフィードバックループによりシステムを制御している。CPS における情報の収集は、4Gや5Gなどの移動通信システムの利用も考えられており、様々なアプリケーションや大量のデバイスが動作するCPSにおいてより効率的かつ必要なタイミングでのセルラーリソースの割当が求められる。しかし、現在のセルラーリソースの割当はフィジカルシステムからのリソース要求の変化に基づいて行われており、サイバーシステムによる情報解析とは独立して行われているため、必要なタイミングで必要なリソースが割り当てられるとは限らない。したがって、フィジカルシステムの振る舞いをサイバーシステムで解析した結果をもとに、必要なタイミングでリソースを割り当てるセルラーリソース制御が重要である。

 本研究では、道路等における監視カメラが走行車両の映像を基地局へ送信するCPSを想定し、5G端末と一体となったカメラが走行車両を捉えている間に多くのセルラーリソースを割り当てる手法を実現する。実装したCPSは、フィジカルシステムでは車両が走行し、サイバーシステムでは車両の位置速度情報の収集、車両位置予測を行う。ただし、現行の道路交通法では実車を用いた検証が困難であるため、ミニチュア車両を用いたCPSを構築している。また、セルラーリソース割当手法の実装にあたり、ソフトウェア無線機器を用いて5Gシステムを構築し、さらに車両位置予測結果に基づいたリソース割当が可能となるよう5Gシステムを拡張している。拡張した5Gシステムと、ミニチュア車両を用いた実験によってセルラーリソース割当手法が割り当てるリソース量を評価した結果、車両の存在確率が 0 となるカメラに対して 1 スロットあたり平均 7 RB (Resource Block) を割り当てているのに対し、存在確率が高くなるカメラには存在確率最大時に 1 スロットあたり平均 120 RB のリソースを割り当てることを確認した。ただし、5Gシステムでリソースを割り当てたとしても、アプリケーション層がそのリソースを利用できるとは限らない。そこで、WebRTCを用いた映像ストリーミングのレート制御手法を拡張し、アプリケーションにおける高速かつ動的なレート制御を実装した。

 車両位置予測に基づいたリソース制御及び 帯域に応じたレート制御を実装したストリーミング実験を行った結果、車両がカメラに映っているタイミングで、割り当てられるリソースが 1 フレーム当たり 13 から 53 RBに増加し、ストリーミングのビットレートが 1 から 4Mbps まで上昇した。また、それに伴い、解像度は 2560x1440 から 3840x2160 に、フレームレートは 30 から 40FPS に上昇しており、ストリーミングの品質が向上した。さらに、常に高品質でストリーミングする場合と比較して、カメラの台数に応じて最大 80\% のリソースが節約できることが示された。

CPSシナリオと拡張5Gシステムを利用した実験結果
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5.3. 脳や生物の情報処理機構の応用による端末-エッジ-クラウド連携制御に関する研究

5.3.1. 遺伝子制御ネットワークを用いた分散型映像分析システムの省電力制御に関する研究【1.2.3項再掲】

 生物が環境に適応する能力として、遺伝子制御ネットワーク(gene regulatory network; GRN)に着目した研究に取り組んでいる。遺伝子制御ネットワークの特徴として、進化の過程で、広い遺伝型空間から狭い表現型空間へのマッピングにおける遺伝子間の相互作用において、特定の表現型を発現しやすくなる、つまりある種の記憶が発生することが挙げられる。また、少ない遺伝型の変異によって、表現型に大きな変化が生じる特性も挙げられる。本研究では、遺伝子制御ネットワークを用いて遺伝的アルゴリズムを拡張することで、環境変動後に即座に適合度の高い解を提供可能なアルゴリズムを提案した。具体的には、分散型映像分析システムを対象とした電力の最小化問題に、提案アルゴリズムを適用することで、既知の環境変化に加え、未知の環境変化の発生時においても即座な有効解の導出が実現できることを示した。

[関連発表論文]

5.3.2. Magnitude-Sensitivityを用いたエッジ-クラウド連携制御に関する研究(NECブレイン・インスパイヤード・コンピューティング協働研究所における成果)【2.1.2項再掲】

 近年、エッジコンピューティングに対応したアプリケーションが注目されている。AI蒸留を始めとしてモデルサイズの軽減技術により、従来のクラウドで提供されるAIよりも低いレイテンシーで、計算能力の限られたエッジや端末上にコンパクトなAIモデルを配置することができる。しかし、一般的にモデルが小さいAIは精度が低いため、処理割り当てを決める際には、精度とレイテンシーのトレードオフ、さらに消費電力を考慮する必要がある。このようなタスク割り当て問題では、計算の困難さからヒューリスティックな解法が必要であるが、環境が準静的な場合、最適解から乖離が問題となる。我々の研究グループでは、準静的環境では最適解を連続的に探索し、動的な環境変化に対しては過去の準静的環境との類似性に基づいて準最適解を即座に決定するというアプローチをとっている。特に、類似性に基づく準最適解の選択には、脳の意思決定の性質であるMagnitude-Sensitivityを応用することが有効である。Magnitude-Sensitivityは良い結果をもたらす選択肢が多い場合に高速に選択を行い、逆に悪い結果をもたらす選択肢が多い場合は時間をかけて慎重に選択を行う。本研究ではゆらぎ学習における生成モデルにMagnitude-Sensitivityを取り込むことでゆらぎ学習を拡張し、エッジ-クラウド連携制御に適用した。シミュレーションを用いた評価により、提案手法は最適化ソルバーと同等の解を短時間で選択可能であることを示した。

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