1. 情報指向ネットワーク (ICN) アーキテクチャに関する研究

将来ネットワークにおいて解決すべき課題において重要なものの一つがコンテンツセントリック(コンテンツ指向型)ネットワークである.これまでのインターネットでは,通信は「誰,あるいはどこ(who, or where)」にもとづいて行われてきた.これは,インターネットが元々コンピュータ間の通信を実現するためのものであり,指定された相手にサービスや処理を依頼する,という通信形態を考えると自然な発想であると言える.しかしながら,爆発する情報量と情報流通の高度化,さらに近年クラウドサービスなどに代表されるネットワークを含めたサービス自体の抽象化の概念が導入されつつある.すなわち,エンドユーザに対してはサービス自体が明示されるだけで,具体的にネットワーク上のどのノードが何のサービスを提供するかは隠匿されている.その結果,現在のコミュニケーションは「何(what)」を主体として行われることが一般的である.このようにコミュニケーション形態が旧来のノード指向型からデータ指向型へと変化している現在および将来において,ネットワークも従来の who, where から what にもとづいた通信を提供するように発展することが大いに期待されている.これをコンテンツセントリックネットワーク (Content Centric Networking; CCN),あるいは情報セントリックネットワークと呼ぶ.

コンテンツセントリックネットワークへの移行は従来のIPネットワークの通信パラダイムの抜本的に変革するものであり,実現にはさまざまな課題が存在する.本研究では,コンテンツセントリックネットワーク実現に向けた課題解決を目標とし,ハードウェアアーキテクチャ,キャッシュ配置,およびルーティングアーキテクチャについて取り組んでいる.

1.1. 情報指向ネットワークにおけるルータアーキテクチャに関する研究

1.1.1. 情報指向ルータにおけるハードウェアアーキテクチャ

CCN を実現する上で最も重要な課題の一つとして、中継器である情報指向ルータの高速化が挙げられる。CCN は従来の IP ルーティングとは大きく異なり、より広範囲のパケットヘッダ検索処理、送信・受信・キャッシュ等用途に応じた異なる検索手法、およびマルチキャストなどの一対多通信などを高速に処理する必要がある。情報指向ルータのハードウェアによる高速化についてはその概念が示されているものの、具体的なメモリ構造まで踏み込んだ議論はまだなされていない。本研究では、情報指向ルータの高機能化、高速化に必須の技術であるパケットヘッダ検索処理を対象とし、連想メモリとブルームフィルタの併用により高速な検索性能を維持しつつメモリ資源の利用効率を向上させる新しい検索ハードウェアアーキテクチャの提案を行った。

[関連発表論文]

1.2. 情報指向ネットワークの応用に関する研究

1.2.1. 情報指向ネットワークによるストリームデータ配信

CCNに関する研究はまだ基礎段階のものが多く、アーキテクチャのみならずアプリケーションについてもさまざまな研究がなされているところである。しかしながらアプリケーションに関する研究の多くは、すべてのコンテンツを独立とみなし、個別のコンテンツ取得を前提としており、ストリームデータなど時間系列により生成される一連のコンテンツを取得する手法はほとんど検討されていない。本研究ではCCN技術を用いてストリームデータを生成・配信するシステムの設計および実装を行った。ストリームデータの伝送において重要となるランダムアクセス性やセッションの柔軟性を実現しつつ、コンテンツ提供ノードへの制御も含めたシームレスなネーミングアーキテクチャとそれを制御する情報指向ネットワークにより、特に計算資源の乏しい組み込み機器においても柔軟性の高いコンテンツ配信機構を実現することを目標とする。 提案システムの実現可能性について検証するため、組み込み機器プラットフォームを用いた無線センサーネットワークにおいてシステムを実装し、動作検証を通じてシステムの有効性を確認した。

[関連発表論文]

1.2.2. 情報指向ネットワークにおける自律移動可能なルータを用いた情報取得

情報指向ネットワークアーキテクチャは経路情報として用いる識別子(名前)の柔軟性の高さを利用し、よりフレキシブルな経路制御によるコンテンツ取得を実現することができる。このような背景から、近年CCN を利用した柔軟なコンテンツ取得に対する研究が行われている。ここで柔軟なコンテンツ取得とは、名前を指定した静的なコンテンツの取得だけでなく、中継あるいはエンドノードにおけるさまざまな制御も考慮に入れた動的なコンテンツ取得を指す。例えば、名前を直接セッションのシグナリングに利用する方法や、動画取得におけるフレームレート・解像度などを名前に含めることで、経路制御およびノード処理をシームレスに行うことを含めた柔軟なコンテンツ取得が可能となる。しかしながら、既存研究ではエンドノードおよび中継ルータにおけるデータ処理に関する制御が主として考えられているのみであり、機器の物理的な動作、特に実移動を伴う制御についてはあまり検討されていない。本研究では、中継ルータの物理的な移動を含めた経路制御を情報指向ネットワークに組み入れることを考える。コンテンツ名の指定だけで中継ルータの物理移動を含めた経路制御が可能になることで、相互に接続されていない独立ネットワーク(分断ネットワーク)間での情報流通および共有が実現できる。以上の背景のもと、本研究ではルータの物理的な移動制御を実現するために、CCN ルータを搭載したUAV(Unmanned Air Vehicle)を用いる。そしてUAV の移動を情報指向ネットワークの経路制御において行うことによって、取得不可能な遠隔地のネットワークにあるコンテンツを、コンテンツ名を指定するだけでUAV を介して取得可能とする新しい情報指向ネットワークアーキテクチャを提案する。さらに提案アーキテクチャを実現するためにCCN ルータとUAV を組み合わせた空中ルータ(Aerial Router : AR)の設計および開発を行い、分断ネットワークにおけるコンテンツ取得のための経路情報の作成、交換手法などについて設計した。また、空中ルータのプロトタイプ製作を行い、簡便な分断ネットワークによる基礎実験を行うことで提案方式の有効性について検証した。

[関連発表論文]

1.3. 情報指向ネットワークにおけるキャッシュ機構に関する研究

1.3.1. 情報指向ネットワークにおけるキャッシュ利用の効率化

CCN を用いた利点として、コンテンツをルータノードでキャッシュすることによるネットワークの利用効率の向上、応答時間の短縮などが挙げられる。しかし、コンテンツおよびノードの人気集中によるキャッシュ利用の非効率性が指摘されている。具体的には、人気のあるノードにアクセスが集中し、その周辺経路のキャッシュが頻繁に更新されることで、キャッシュの利用効率が低下することが考えられる。特に CCN では、今後ますます大容量化する多数のコンテンツを有効にキャッシュするためには、利用効率の高いコンテンツキャッシュ法、およびそれを実現するコンテンツ分散配置手法が必要不可欠であると考えられる。

本研究では、キャッシュの利用効率を向上させるため、あらかじめ人気コンテンツを特定ノードに集中させるのを防ぎ、広域に分散させるコンテンツ配置手法を提案する。具体的には、下位ルーティングプロトコルのアドレッシングアーキテクチャを活用しコンテンツ名に基づいて生成されたランダムエンコードアドレスをコンテンツに与え、ランダムエンコードアドレスが示すノードにコンテンツを初期配置する。そして、コンテンツへのルーティングにもランダムエンコードアドレスを用いて行うことにより、コンテンツの分散化を実現する。そしてルータノードでは確率的にキャッシングを行うことにより単純かつ効果的なキャッシュ配置を実現するCCN アーキテクチャを提案する。以上の提案手法についてシミュレーションによる性能評価を行い、ランダムエンコードアドレスと確率的キャッシングの組み合わせがコンテンツの分散配置に有効に機能し、ノード数 184 の Level3 トポロジーにおいて、キャッシュヒット率が 15% 向上することを示した。

[関連発表論文]

1.3.2. オーバレイルーティングによって増加する ISP 間トランジットコストの削減

近年提案されているContent-Centric Networking (CCN)は、コンテンツのキャッシュをルータに保持するため、宛先ホストまでの経路上において、トラヒックの削減に効果がある。このトラヒック削減は、ISP にとってはトランジットリンクを通過するトラヒックの削減に繋がるため、トランジットコストを削減できる。一方で、CCNルータがキャッシュのために搭載できるメモリ容量はエンドユーザが要求するコンテンツの量に対して十分とはいえない。また、通常のCCN では経路上のキャッシュのみが利用され、経路外にキャッシュが存在しても利用できない。

そこで本研究では、ISP のトランジットコスト削減を目的とした、複数ISP 間におけるCCN ルータのキャッシュ共有手法を提案する。提案手法では、CCN ルータ間で互いにキャッシュを利用し、お互いにキャッシュするコンテンツの重複を排除する。これにより限られたメモリ容量を有効利用してキャッシュヒット率を高め、トランジットコストを大きく削減する。実際の商用ISP のネットワークトポロジーを利用したシミュレーション評価により、提案手法が通常のCCN と比べ、トランジットトラヒック量を最大で28%削減できることを示した。

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