6. 次世代トラヒックエンジニアリングに関する研究

6.1. トラヒックエンジニアリングのためのトラヒック予測に関する研究(NTT ネットワーク基盤技術研究所との共同研究)

時間変動の大きなトラヒックを収容する手法として、トラヒックの時間変動やネットワークの状態の変化に対して動的に経路を変更するトラヒックエンジニアリングと呼ばれる手法の検討が進められている。しかし、各時刻のトラヒック量のみを考慮したトラヒックエンジニアリングでは、頻繁に大規模な経路変更が発生し、トラヒックを安定して収容することができない可能性がある。そのため、動的な経路変更を行う際にも、将来にわたるトラヒック変動を予測し、それを踏まえた制御が必要となる。

本研究では、トラヒックエンジニアリングに適したトラヒック予測の検討を行っている。ネットワークを流れるトラヒックは周期的で予測が容易な変動と、予測困難な変動が混在している。そこで本研究では、予測の前処理として予測が容易な変動を取り出し、予測が容易な変動に対する予測と、それ以外の変動の大きさの見積を分けて行った上で、それらをもとにトラヒック変動の信頼区間を得る。本研究では、さまざまな前処理手法と予測モデルの組み合わせについて、Internet2 で観測されたデータを用いて評価を行い、主成分分析を用いたSARIMA モデルによる予測が過大評価を小さく保ちつつ、過小評価を1%に抑えるということを明らかにしている。

[関連発表論文]

6.2. モデル予測制御を用いたトラヒックエンジニアリング手法(NTT ネットワーク基盤技術研究所との共同研究)

近年、ストリーミング配信やクラウドサービス等のインターネットを介したサービスが普及するにつれて、ネットワークを流れるトラヒックの時間変動は大きくなってきている。バックボーンネットワークでは、このような大きなトラヒック変動が生じる場合にも、輻輳を生じることなく全トラヒックを収容する必要がある。単純な方法としては、トラヒック需要に対してリンクの帯域を過剰に増設するオーバープロビジョニングがあるが、この場合、不必要に大きな帯域を用意するため、過剰な設備投資コストを要する。また、近年、リンク利用率の低い不要なポートの電源をオフにすることで、消費電力を削減するなど、限られたリンク帯域でトラヒックを収容することが求められてきている。ネットワークの資源を効率的に利用することで、限られた資源下においても、輻輳を生じることなくトラヒックを収容する技術として、トラヒックエンジニアリング(TE; Traffic Engineering)がある。TEでは定期的なトラヒックの観測により、トラヒック変動を把握し、各時刻で観測されたトラヒックに合致した経路を設定する。しかしながら、従来のTEでは、観測時点に合わせた経路を設定するのみであり、経路変更後に発生したトラヒック変動に対応できず、輻輳を生じる可能性がある。このような問題を解消する方法として、トラヒック予測と連携し、予測された将来のトラヒック変動を考慮したTEが考えられる。この手法では、定期的に観測されたトラヒック変動を基に将来のトラヒック変動を予測し、その予測値に合わせた経路の設定を行う。これにより、トラヒック変動に先立って経路変更を進めることができ、トラヒック変動時にも輻輳を回避した経路を設定可能である。もちろん、トラヒック予測には予測誤差が含まれるため、観測値のかわりに単純に予測値を用いるだけでは、予測誤差の影響を受けた不適切な経路変更を行う可能性がある。本研究では、予測を用いた制御理論であるモデル予測制御(MPC; Model Predictive Control)の考え方をTEに取り入れ、予測を修正しながら、経路を再計算することで、予測誤差が生じた場合にも即座に修正の可能なTE手法を提案した。そして、実データを用いたシミュレーションにより、提案手法が、予測誤差の生じる場合においても、輻輳を回避した動的な経路設定を行うことができることを示した。

本研究では、さらに、ネットワークの規模が大きくなった際にも、短時間で将来のトラヒック予測を踏まえた経路の計算を行うため、ネットワークを階層的に複数の範囲に分割し、分割された各範囲でトラヒック予測及び、経路制御を行うことで、制御負荷を削減しつつ全体の経路制御を実行する手法も提案した。その結果、100台規模のネットワークにおいても、階層的な分割を行うことにより、10秒以内で適切な経路を計算できることを示した。

[関連発表論文]

6.3. リアルタイムフロー分類のための階層的クラスタリング手法に関する研究

ネットワークを介したサービスが多岐にわたるようになり、ネットワークに対する要求の異なる多種多様なアプリケーションのトラヒックがネットワーク上を流れるようになっている。そのため、適切なトラヒックの収容・制御を行うためには、フローを対応するアプリケーションにあわせて分類することが必要となる。従来、トラヒック分類はポート番号を用いて行われてきた。しかし、近年は多くのアプリケーションがHTTPまたはHTTPSを介して提供されているため、ポート番号を用いたトラヒック分類は困難となってきた。そこで、ポート番号によらない新たな分類手法として、フローを観測して得られた統計量を特徴量として用い、クラスタリングを行う手法が考えられてきた。この手法では、まず、あらかじめ観測されたトラヒックデータを用い、オフラインでクラスターを構成する。そして、新たに観測されたフローを類似するクラスターに振り分けることにより分類を行う。

しかし、これらの手法は2つの問題点を抱えている。一つ目の問題は新たなアプリケーションの出現を考慮していないことである。新たなアプリケーションに対処する方法として定期的にクラスタリングを実行し新たなアプリケーションの特徴を学習させることが考えられる。しかしながら、この方法では、新たな種類のトラヒックが倒閣しても、次のクラスタリングの実行時まで、当該トラヒックの分類を行うことができない。二つ目の問題はこれらの手法が分類前に正確なフローの特徴量を得ているという前提を置いていることである。しかし、正確な特徴量はフローが完了する前には得られない。完了前のフローを分類する方法としてあらかじめ定義された個数のパケットを観測次第、分類を実行することが考えられる。この方法では、特徴量把握に用いるパケット数を少なく設定すると、フローの到着後すぐに分類することができる。しかし、少ない数のパケットを観測することにより得た特徴量は不正確である可能性があり、誤った分類をされかねない。これらの問題に対し、本研究では、新たなリアルタイムフロー分類のための階層的クラスタリング手法を提案する。本手法では、特徴量はパケットの到着ごとに更新され、特徴量が十分正確になった時点でフローの所属クラスターを各階層で決定することにより、階層的なクラスターを構築する。特徴量が十分正確でなくクラスターを決定できない場合は、新たなパケットにより特徴量の正確さが向上するのを待つ。これにより、特徴量の精度を考慮した上で、各フローの所属するクラスターを選択することが可能となる。

また、本手法では、階層的なクラスターを構築するが、階層的クラスターは未知のアプリケーションに関連するフローの性質を推定するのに有用である。階層的クラスターにおいて、フローは上層では少数のグループに分けられ、上層で同じグループに所属していたフローが下層においてはより細かいグループに分けられる。新たなアプリケーションのフローが下層で新たなグループを形成したとき、上層では既存のグループに含まれた場合は、既存のグループの性質から新たなアプリケーションの性質を推定することができる。

本研究では、研究室内で観測されたトラヒックデータを用いてクラスタリング手法の評価を行った。その結果、フロー完了後の正確な特徴量を用いてクラスタリングした場合と比較し、88%の精度でフローを3つのクラスターへ分類、74%の精度で5つのクラスターへの分類が可能であることを示した。また、本評価では、提案手法が81%のフローが30パケット到着前に3クラスターに分類可能であり、99%のフローが40パケット到着前に5クラスターに分類可能であり、少数のパケットの観測で、適切なクラスターに分類可能であることを示した。

[関連発表論文]

6.4 パレート最適制御にもとづくネットワーク省電力化手法に関する研究

ストリーミング配信や、クラウドサービス等のインターネットを介したサービスの普及に伴うトラヒックの増加により、ネットワークにおける消費電力の増加は大きな課題となっており、ネットワークの消費電力を削減する手法の検討が進められている。ネットワークの消費電力を削減する手法では、ネットワークを流れるトラヒック量が時間帯により大きく異なることから、各時間帯において必要な通信性能を確保するのに必要十分なネットワークを構築し、不要なネットワークの機器やサーバをスリープさせる。これによって、通信量が多く、少数のネットワーク機器では十分な性能を確保することができない場合は、多数のネットワーク機器を動作させることにより十分な処理性能を確保し、逆に、通信量が少ない時間帯には、多くの機器をスリープさせることによって低消費電力化が可能となる。従来、ネットワーク低消費電力化手法の検討では、性能と消費電力のトレードオフに焦点があてられており、信頼性の確保については考慮されてこなかった。しかしながら、現実のネットワークサービスでは、故障が発生した際にも、故障発生により性能低下する時間を一定以下とすることが求められる。

そこで、本研究では、短時間のトラヒック変動や故障などの環境変動に追随して、十分な通信性能、信頼性の確保と低消費電力化の3つの目的を達成するネットワーク制御手法を確立する。ネットワークの制御を行うにあたり、耐故障性を確保しようとすればオンになるノードやリンクが増加するため消費電力は増加し、性能を確保しようとしても消費電力は増加する。本研究では、これらの指標をすべて考慮した制御を実現する手法として、パレート最適解の集合(パレートフロント)を求め、そのうち、必要な性能・信頼性の制約を満たす解をネットワークに投入することにより、性能・信頼性の要件を満たす範囲内で、消費電力を最小化する。本制御をネットワーク内の環境変動に追随して行うためには、パレートフロントの計算も環境変動に追随して行うことが必要となる。そこで、本研究では、パレートフロントの計算を高速に行う手法を検討する。本手法では、前の時刻のパレートフロントと、環境変動発生時にパレートフロントとなる可能性の高い解を組み合わせた集合を初期解とし、進化計算により、現在の環境に合わせたパレートフロントを探索する。これにより、少ないステップで適切なパレートフロントにたどり着くことができ、高速なパレートフロントの取得が可能となる。

本研究では、提案手法をシミュレーションにより評価を行った。評価の結果、提案手法を用いることにより、環境変動に追随し、性能・信頼性の要件を満たしつつ、トラヒックが少ない時間帯であれば、全機器稼働状態の39%までネットワークの消費電力を低減することができることを示した。また、本評価の環境においては、前の時刻のパレートフロントのみで初期解を生成する手法では、各ステップにおいて50世代の進化計算を行う場合では、制約条件を満たす解に到達するまで16ステップを要するような場合においても、前の時刻のパレートフロント、環境変動発生時にパレートフロントとなる可能性の高い解を組み合わせた集合を初期解と設定する手法では、1ステップ以内に制約を満たした解に到達することができた。

[関連発表論文]