4. 情報指向ネットワーク (ICN) アーキテクチャに関する研究

将来ネットワークにおいて解決すべき課題において重要なものの一つが情報指向(コンテンツセントリック)ネットワークである。これまでのインターネットでは、通信は「誰、あるいはどこ(who, or where)」にもとづいて行われてきた。これは、インターネットが元々コンピュータ間の通信を実現するためのものであり、指定された相手にサービスや処理を依頼する、という通信形態を考えると自然な発想であると言える。しかしながら、爆発する情報量と情報流通の高度化、さらに近年クラウドサービスなどに代表されるネットワークを含めたサービス自体の抽象化の概念が導入されつつある。すなわち、エンドユーザに対してはサービス自体が明示されるだけで、具体的にネットワーク上のどのノードが何のサービスを提供するかは隠匿されている。その結果、現在のコミュニケーションは「何(what)」を主体として行われることが一般的である。このようにコミュニケーション形態が旧来のノード指向型からデータ指向型へと変化している現在および将来において、ネットワークも従来の who, where から what にもとづいた通信を提供するように発展することが大いに期待されている。これを情報指向ネットワーク (Information Centric Networking; ICN)、あるいはコンテンツセントリックネットワーク (Content Centric Networking; CCN) と呼ぶ。

情報指向ネットワークへの移行は従来のIPネットワークの通信パラダイムの抜本的に変革するものであり、実現にはさまざまな課題が存在する。本研究では、情報指向ネットワーク実現に向けた課題解決を目標とし、ハードウェアアーキテクチャ、キャッシュ配置、およびルーティングアーキテクチャについて取り組んでいる。

4.1. 情報指向ルータにおけるハードウェアアーキテクチャに関する研究

4.1.1. 情報指向ルータにおけるパケットヘッダ検索処理のハードウェア高速化

情報指向ネットワークを実現する上で最も重要な課題の一つとして、中継器である情報指向ルータの高速化が挙げられる。情報指向ネットワークは従来の IP ルーティングとは大きく異なり、より広範囲のパケットヘッダ検索処理、送信・受信・キャッシュ等用途に応じた異なる検索手法、およびマルチキャストなどの一対多通信などを高速に処理する必要がある。情報指向ルータのハードウェアによる高速化についてはその概念が示されているものの、具体的なメモリ構造まで踏み込んだ議論はまだなされていない。本研究では、情報指向ルータの高機能化、高速化に必須の技術であるパケットヘッダ検索処理を対象とし、連想メモリとブルームフィルタの併用により高速な検索性能を維持しつつメモリ資源の利用効率を向上させる新しい検索ハードウェアアーキテクチャの提案を行った。

[関連発表論文]

4.2. コンテンツキャッシュに関する研究

4.2.1. 効率的なユーザ生成コンテンツの配置および制御法

情報指向ネットワークにおいて特徴的な機能として考えられているのがネットワーク内キャッシュである。情報指向ネットワークでは、通信対象であるコンテンツの保存場所および経路に依存しない情報流通の実現を目指しており、ネットワーク内にコンテンツのキャッシュを効率的に配置することで、ネットワークの利用効率およびコンテンツの可用性を大幅に向上できる可能性を有している。効率的なキャッシュ配置は情報指向ネットワークのみならず既存の CDN (Content Delivery Networks) などにおいても重要な課題である。

近年、YouTube動画に代表されるユーザ生成コンテンツ(UGC; User Generated Content)の視聴がインターネット上で人気のあるサービスとなってきており、メディア広告の配置やトラヒックコントロール、コンテンツキャッシュなど多くの面から、コンテンツの将来の人気度の予測が重要視されてきている。従来のキャッシュ制御法は、コンテンツの将来の人気度を考慮しないで直近の人気度が高いコンテンツを優先的にキャッシュするが、将来の人気度を考慮してキャッシュ制御を行うことで、さらなるキャッシュの利用効率の向上が期待できる。また、動画配信のトラヒックによる配信サーバやネットワークのピーク負荷を低減するためには、人気コンテンツの先読み技術により高人気の動画をユーザ端末に事前配信することも有効であるが、このような事前配信の負荷を抑えるためには、高い人気が継続されることが予想される動画のみに限定して事前配信を行うことが望ましい。

以上の背景より、本研究ではUGCに対し初期段階でコンテンツの人気度およびその永続性を予測し、それらを考慮したキャッシュ配置および先読み技術の確立を目的とする。ただし、UGCの視聴数推移はコンテンツの種類、内容によって大きく異なっており、日々蓄積される莫大な数の動画に対し適切な種類の判別および将来の人気予測は容易ではない。このため、本研究ではまずUGCとして代表的なYouTube に登録された人気度の高い動画について、それぞれの視聴数変動の実測値を収集し、それらの推移パターンをk-means法を用いてクラスター分析することで、YouTubeの各動画の人気の推移パターンに関する傾向を明らかにする。また、アップロード初期の視聴数の推移パターンと視聴数の絶対値から、長期間にわたり高人気を維持する動画を予測する手法として、教師あり機械学習法の一種である単純ベイズ分類器を適用した場合の予測精度を評価する。その結果、アップロード初期3時間の視聴数データを用いて予測するとき、単純ベイズ分類器による正解率は変化パターンを考慮しない場合より約10%向上することを明らかにした。

[関連発表論文]

4.3. 情報指向ネットワーク技術を活用した自律移動可能なルータに関する研究

4.3.1. 情報指向ネットワーク技術を活用した自律移動可能なルータを用いた情報取得

情報指向ネットワークアーキテクチャは経路情報として用いる識別子(名前)の柔軟性の高さを利用し、よりフレキシブルな経路制御によるコンテンツ取得を実現することができる。このような背景から、近年情報指向ネットワークを利用した柔軟なコンテンツ取得に対する研究が行われている。ここで柔軟なコンテンツ取得とは、名前を指定した静的なコンテンツの取得だけでなく、中継あるいはエンドノードにおけるさまざまな制御も考慮に入れた動的なコンテンツ取得を指す。例えば、名前を直接セッションのシグナリングに利用する方法や、動画取得におけるフレームレート・解像度などを名前に含めることで、経路制御およびノード処理をシームレスに行うことを含めた柔軟なコンテンツ取得が可能となる。

しかしながら、既存研究ではエンドノードおよび中継ルータにおけるデータ処理に関する制御が主として考えられているのみであり、機器の物理的な動作、特に実移動を伴う制御についてはあまり検討されていない。本研究では、中継ルータの物理的な移動を含めた経路制御を情報指向ネットワークに組み入れることを考える。コンテンツ名の指定だけで中継ルータの物理移動を含めた経路制御が可能になることで、相互に接続されていない独立ネットワーク(分断ネットワーク)間での情報流通および共有が実現できる。

以上の背景のもと、本研究ではルータの物理的な移動制御を実現するために、CCN ルータを搭載したUAV(Unmanned Air Vehicle)を用いる。そしてUAV の移動を情報指向ネットワークの経路制御において行うことによって、取得不可能な遠隔地のネットワークにあるコンテンツを、コンテンツ名を指定するだけでUAV を介して取得可能とする新しい情報指向ネットワークアーキテクチャを提案する。さらに提案アーキテクチャを実現するためにCCN ルータとUAV を組み合わせた空中ルータ(Flying Router: FR)の設計および開発を行い、分断ネットワークにおけるコンテンツ取得のための経路情報の作成、交換手法などについて設計した。また、空中ルータのプロトタイプ製作を行い、簡便な分断ネットワークによる基礎実験を行うことで提案方式の有効性について検証した。さらに、ICNの柔軟な制御の有用性を向上させるために、直接的な接続性を有さない無線ノード間の通信をFRの移動を介して実現する手法としてRMICN(Router-Movable ICN)を提案・設計し、ルータの移動戦略および巡回経路設定手法を提案した。そして、RMICNが分断ネットワーク間の通信手法としてコンテンツ取得時間において優れていることを計算機シミュレーションにより明らかにした。

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