7. 次世代トラヒックエンジニアリングに関する研究

7.1. 予測型ネットワーク制御技術に関する研究

7.1.1. 脳の情報処理機構に基づく予測型ネットワーク制御技術の確立(NTT ネットワーク基盤技術研究所との共同研究)

時間変動の大きなトラヒックを収容する手法として、トラヒックの時間変動やネットワークの状態の変化に対して動的に経路や仮想ネットワークの構成、ネットワーク機能の配置を変更する手法の検討が進められている。従来、このような動的なネットワーク制御に関する研究は、現在のトラヒック状況を正確に把握できることや、将来のトラヒック状況の予測の精度が良いことを前提として進められてきた。しかしながら、将来のトラヒック状況を正確に予測することは困難であるといった問題や、大規模なネットワークを制御する際には、ネットワーク全体にわたる正確なトラヒック状況を短周期で把握することは困難であるといった問題が発生し、制御に必要な情報を正確かつ完全に把握することは難しい。

この問題に対して、本研究では、各時刻において不正確・不完全な情報しか観測できない場合であっても、将来のネットワークの状況の予測、予測に基づいたネットワーク制御を行う手法の開発に取り組んでいる。本研究では、上記の目標に対して、脳の情報処理機構に基づいた手法を検討している。脳の情報処理機構の特徴として、単に知覚情報から外部の状態を推定するのみならず、その推定状態にもとづいて目標に近づくために行動するといったフィードバックを行うことがあげられる。このとき、目標に対する行動決定はあらかじめなされている訳ではなく、行動の結果を再び観測することにより、逐次フィードバックを行う。これにより、毎回得られる観測情報は不完全であり、目標も不明確であるにも関わらず、脳は行動を制御している。

提案手法では、このような脳の情報処理機構に基づき、ネットワーク内から得られる不完全な観測結果をもとに、ネットワークの状態を把握し、将来のネットワークの状況を予測、ネットワークの制御方法を決定する。さらに、ネットワークの制御への影響を考慮して、次に観測すべきトラヒックを決める。この制御ループを繰り返すことにより、各時刻に観測可能な情報が不完全であっても、ネットワーク制御への影響が大きい箇所を集中的に観測することができ、輻輳を回避した、適切な状態へとネットワークを制御することが可能となる。本研究では、シミュレーションにより本手法の評価を行い、各時刻において、ネットワーク内の一部のトラヒック状況しか収集できない状況においても、輻輳を回避した経路を設定可能であることを示している。

[関連発表論文]

7.1.2. ソーシャルメディアデータを用いたトラヒック変動予兆の検出手法

モバイル端末の普及に伴い、通信ネットワークに流れるトラヒック量は、量・変動ともに増大している。これに対し、変動するトラヒックを収容する技術として予測型トラヒックエンジニアリング(TE)に関する検討が進められている。予測型TEでは、予測されたトラヒック量に基づいて、ネットワーク資源を動的に割り当てる。そのため、トラヒックの予測精度が、予測型TEの制御性能に大きな影響を与える。従来、過去のトラヒック変動の時系列からトラヒックを予測する手法が検討されてきた。しかしながら、実世界で何らかのイベントが発生し、人が特定地点に集中することに起因するトラヒック変動などは、過去のトラヒック変動の時系列データには予兆が含まれず、従来手法での予測は難しい。

これに対し、そのような過去のトラヒック変動の時系列データに予兆が含まれていないような変動であっても、現実世界を反映したソーシャルメディアデータには、予兆が含まれている可能性がある。本研究では、ソーシャルメディアデータとして、Twitterの位置情報付きツイート情報に焦点を当て、ツイートから、トラヒック変化の予兆を検出する手法を提案した。提案手法では、まず、検出対象エリア内からつぶやかれた位置情報付きツイートに含まれる単語の出現頻度をもとに、当該時刻に発生したエリア内のイベントに関する単語を抽出する。その後、抽出されたイベントに関連する単語を含むツイート数の伸びをもとに、将来のイベントに関係するツイート数を予測する。予測されたイベントに関係するツイート数が多い場合には、当該イベントに関連した人がエリア内に集まり始めていると考えられるため、日常的なトラヒック変動とは異なるトラヒック変動の発生を予知する。

本研究では、提案手法を実際のツイートデータを用いて評価し、提案手法が、トラヒック量の時系列データを用いた予測に基づき非日常的なトラヒック変動を予知した場合よりも、高い精度で非日常的なトラヒック変動を予知できていることを示し、イベントに関係するツイート数の予測値がトラヒック変動の予兆として利用可能であることを示した。

[関連発表論文]

7.1.3. モデル予測制御を用いた仮想ネットワーク機能の動的配置手法

ストリーミング配信やクラウドサービス等のインターネットを介したサービスが普及するにつれて、ネットワークを流れるトラヒックの時間変動は大きくなってきており、トラヒックの変動に対応して、ネットワークを制御する技術が求められている。ネットワーク機能の仮想化は、このようなトラヒック変動への対応に用いる技術として期待されている技術である。仮想化されたネットワーク機能(VNF)は汎用サーバで動作し、任意のサーバへ動的に移動可能である。そのため、需要が小さければ、複数のVNFを少数の物理サーバへ集約させ、VNFが配置されていない物理サーバをシャットダウンすることによって、消費電力を抑えられる。それ対して、需要が大きくなれば、適切な資源が確保されるように、VNFを移動し、新たな物理サーバ上で起動する。しかしながら、VNFの移動・起動には時間を要する。また、一度に多数のVNFを移動・起動することは、制御を行うコントローラやネットワークに大きな負荷をかける。そのため、トラヒックの変動に先駆けて徐々にVNFを移動・起動することが必要となる。

この問題に対して、我々は、将来の需要予測に基づいて、VNFの配置を制御する手法について検討を行っている。ただし、トラヒック予測には予測誤差が含まれるため、観測値のかわりに単純に予測値を用いてVNFの配置個所を決めると、予測誤差の影響を受けて不適切なVNFの配置を行ってしまう可能性がある。そこで、本研究では、予測を用いた制御理論であるモデル予測制御(MPC; Model Predictive Control)の考え方をVNFの動的配置に取り入れ、予測を修正しながら、VNFの配置を動的に再計算することで、予測誤差が生じた場合にも即座に修正の可能な手法を提案している。

本研究では、シミュレーション評価により、提案手法により、トラヒック変動が発生した状況でも、同時に多数のVNFがマイグレーションすることなく、トラヒック変動に追随できることを示している。

[関連発表論文]

7.2. ネットワーク省電力化のためのトラヒックエンジニアリングに関する研究

7.2.1. パレート最適制御にもとづくネットワーク省電力化手法

ストリーミング配信や、クラウドサービス等のインターネットを介したサービスの普及に伴うトラヒックの増加により、ネットワークにおける消費電力の増加は大きな課題となっており、ネットワークの消費電力を削減する手法の検討が進められている。ネットワークの消費電力を削減する手法では、ネットワークを流れるトラヒック量が時間帯により大きく異なることから、各時間帯において必要な通信性能を確保するのに必要十分なネットワークを構築し、不要なネットワークの機器やサーバをスリープさせる。これによって、通信量が多く、少数のネットワーク機器では十分な性能を確保することができない場合は、多数のネットワーク機器を動作させることにより十分な処理性能を確保し、逆に、通信量が少ない時間帯には、多くの機器をスリープさせることによって低消費電力化が可能となる。従来、ネットワーク低消費電力化手法の検討では、性能と消費電力のトレードオフに焦点があてられており、信頼性の確保については考慮されてこなかった。しかしながら、現実のネットワークサービスでは、故障が発生した際にも、故障発生により性能低下する時間を一定以下とすることが求められる。

そこで、本研究では、短時間のトラヒック変動や故障などの環境変動に追随して、十分な通信性能、信頼性の確保と低消費電力化の3つの目的を達成するネットワーク制御手法を確立する。ネットワークの制御を行うにあたり、耐故障性を確保しようとすればオンになるノードやリンクが増加するため消費電力は増加し、性能を確保しようとしても消費電力は増加する。本研究では、これらの指標をすべて考慮した制御を実現する手法として、パレート最適解の集合(パレートフロント)を求め、そのうち、必要な性能・信頼性の制約を満たす解をネットワークに投入することにより、性能・信頼性の要件を満たす範囲内で、消費電力を最小化する。

本制御をネットワーク内の環境変動に追随して行うためには、パレートフロントの計算も環境変動に追随して行うことが必要となる。そこで、本研究では、パレートフロントの計算を高速に行う手法を検討する。本手法では、前の時刻のパレートフロントと、環境変動発生時にパレートフロントとなる可能性の高い解を組み合わせた集合を初期解とし、進化計算により、現在の環境に合わせたパレートフロントを探索する。これにより、少ないステップで適切なパレートフロントにたどり着くことができ、高速なパレートフロントの取得が可能となる。

本研究では、提案手法をシミュレーションにより評価を行った。評価の結果、提案手法を用いることにより、環境変動に追随し、性能・信頼性の要件を満たしつつ、トラヒックが少ない時間帯であれば、全機器稼働状態の39%までネットワークの消費電力を低減することができることを示した。また、本評価の環境においては、前の時刻のパレートフロントのみで初期解を生成する手法では、各ステップにおいて50世代の進化計算を行う場合では、制約条件を満たす解に到達するまで16ステップを要するような場合においても、前の時刻のパレートフロント、環境変動発生時にパレートフロントとなる可能性の高い解を組み合わせた集合を初期解と設定する手法では、1ステップ以内に制約を満たした解に到達することができた。

[関連発表論文]