ネットワークの高速化やクラウド技術の進展を背景に、ネットワークを利用する様々なアプリケーションやサービスが登場しており、最近では、企業等が抱える情報処理をAPI化やデータ提供そのものをAPI化し、APIを用いてサービスを連結し新たな価値を生み出すAPIエコノミーが注目されている。APIエコノミーでは、サービス提供者とコンシューマーがプラットフォームに接続し、APIを介してサービスの供給と消費が行われる。サービスを「財」と見做せば、APIエコノミーは市場経済(Market Economy)となる。多くの研究では、APIエコノミーの挙動を理解するために、ある一定のパラメータ条件における均衡状態を捉える研究がなされている。しかし、現実の市場では、プラットフォームによる機能への投資や市場参加者への報酬の調整といったプラットフォーム戦略は時間とともに変化する。したがって、ある一定の条件における均衡状態を捉えるのではなく、時間とともに市場参加者数が変化する市場の振る舞いを捉えることは、現実のプラットフォームがとるべき戦略を明らかにするうえで重要である。
本研究では、時間とともに参加者数が変化する市場の振る舞いを捉えることを目的とし、時間発展型の市場モデルを示している。具体的には、サービス提供者とコンシューマーに加え、サービス提供者にAPIを提供するAPI提供者が参加しているプラットフォームの時間発展型の市場モデルを示している。その上で、これらの市場モデルを用いて市場参加者の拡大やエコシステム形成においてAPI提供者が果たす役割を明確化している。モデルを用いた分析の結果、API提供者を含むAzure型プラットフォームは、API提供者が不在のAWS型プラットフォームと比較して市場参加者数が67%増加し、サービス構築コストが25%低下することがわかった。さらに、プラットフォームの拡大期には、有料コンシューマーからの収益の70%をサービス提供者およびAPI提供者に配分することによって、三者の利益が等しくなる共生が実現可能であることもわかった。一方で、プラットフォームの成熟期には、競争によってサービス提供者およびAPI提供者の利益が著しく減少し、プラットフォームの利益が増加することも明らかとなった。このとき、API提供者を含むAzure型プラットフォームでは、プラットフォームの使用料を低減することによって市場を維持しやすくなり、サービス提供者の利益が20%程度多くなることもわかった。
近年、動画ストリーミングサービスや遠隔Web会議システムの普及が急速に進んでいる。動画像を提供するサービスにおいては、ユーザQoEの向上が重要視されており、QoE向上を目的としたビットレート選択手法の研究が盛んに行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差を考慮しておらず、また実時間での測定という要件を満たしていない。我々は人の生体情報(脳波や視線、瞬目)を用いることで、QoEを推定する手法の実装を行った。さらに、MPEG-DASHクライアント上で、推定したQoEを用いてビットレート選択を行う機能の実装を行い、生体情報から推定したQoEに基づきリアルタイムにビットレート選択を行うMPEG-DASHクライアントを実現した。
また、QoE はサービスに対してユーザの感じる主観的指標であるため、人の主観的な意思決定においてみられる認知バイアスの影響を受けると考えられる。認知バイアスの一つであるchoice-supportiveバイアスに着目した被験者実験を行い、この認知バイアスが動画視聴中のユーザに与える影響を明らかにした。特に、ビットレートの選択にユーザの意志が介在することがQoEの向上に寄与することを明らかにした。
ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE:Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、量子意思決定モデルにより動画視聴中のユーザのQoEのモデルを提案した。提案モデルでは、初頭効果および順序効果を状態の時間発展に統合し、データセットにおけるQoEの時間変動を再現可能であることを示した。また、心理効果を考慮したビットレート制御手法を設計し、被験者の代理としてQoEモデルを用いた動作検証により、提案手法を用いることで心理効果によるQoE低下を回避可能であることを示した。