3. 次世代サービスネットワークアーキテクチャに関する研究

3.1. ネットワークサービスのエコシステム構築に関する研究

3.1.1. API エコノミーに関する研究(富士通研究所との共同研究)

ネットワークの高速化やクラウド技術の進展を背景に、ネットワークを利用する様々なアプリケーションやサービスが登場しており、最近では、企業等が抱える情報処理をAPI化やデータ提供そのものをAPI化し、APIを用いてサービスを連結し新たな価値を生み出すAPI エコノミーが注目されている。API エコノミーでは、サービス提供者とコンシューマーがプラットフォームに接続し、API を介してサービスの供給と消費が行われる。サービスを「財」と見做せば、API エコノミーは市場経済(Market Economy)となる。多くの研究では、APIエコノミーの挙動を理解するために、ある一定のパラメータ条件における均衡状態を捉える研究がなされている。しかし、現実の市場では、プラットフォームによる機能への投資や市場参加者への報酬の調整といったプラットフォーム戦略は時間とともに変化する。したがって、ある一定の条件における均衡状態を捉えるのではなく、時間とともに市場参加者数が変化する市場の振る舞いを捉えることは、現実のプラットフォームがとるべき戦略を明らかにするうえで重要である。

本研究では、時間とともに参加者数が変化する市場の振る舞いを捉えることを目的とし、時間発展型の市場モデルを示している。具体的には、サービス提供者とコンシューマーに加え、サービス提供者にAPI を提供するAPI 提供者が参加しているプラットフォームの時間発展型の市場モデルを示している。その上で、これらの市場モデルを用いて市場参加者の拡大やエコシステム形成においてAPI 提供者が果たす役割を明確化している。モデルを用いた分析の結果、API 提供者を含むAzure型プラットフォームは、API提供者が不在のAWS型プラットフォームと比較して市場参加者数が67%増加し、サービス構築コストが25%低下することがわかった。さらに、プラットフォームの拡大期には、有料コンシューマーからの収益の70%をサービス提供者およびAPI 提供者に配分することによって、三者の利益が等しくなる共生が実現可能であることもわかった。一方で、プラットフォームの成熟期には、競争によってサービス提供者およびAPI 提供者の利益が著しく減少し、プラットフォームの利益が増加することも明らかとなった。このとき、API 提供者を含むAzure型プラットフォームでは、プラットフォームの使用料を低減することによって市場を維持しやすくなり、サービス提供者の利益が20%程度多くなることもわかった。

API提供者が不在のAWS型プラットフォームモデル
API提供者が参画するAzure型プラットフォームモデル
[関連発表論文]

3.2. サプライチェーンのデータプライバシーに関する研究

3.2.1. パブリックパーミッションレスブロックチェーンを利用したサプライチェーンシステムにおける機密情報保護

サプライチェーンの大規模・複雑化に伴い、偽造品の流通拡大や、問題が発生した製品の所在特定に要する時間の増大など、様々な問題が顕在化してきている。これらの問題を解決するために、サプライチェーンにおける製品の追跡性を高い水準で担保することが喫緊の課題である。近年、ブロックチェーンを利用したサプライチェーンシステムが提案されている。これら既存手法では、サプライチェーン情報を管理するための共有データベースとしてブロックチェーンを利用することで、サプライチェーンにおける流通情報を統合管理する。ブロックチェーンは透明性と改ざん耐性を有することから、流通情報の完全性が担保される。こうした特性から、ブロックチェーンを利用したサプライチェーンシステムは追跡性、すなわち流通における製品の所在を特定できることを担保する。今後多くの新規事業者が参入し、更には昨今の二次流通市場の盛行を考えると、いつでも誰でも流通情報を登録・閲覧できることが望ましい。このためにはパブリックパーミッション型のブロックチェーンを利用したシステムが最適であるが、一方では取引関係情報や個人間取引情報などの機密情報が公開されてしまう。そこで、本研究では、パブリックパーミッションレスブロックチェーンを利用したサプライチェーンシステムにおいて、追跡性を担保しつつも、機密情報を保護可能な手法を提案する。提案手法では、属性ベース暗号を用いて流通情報を隠蔽することで機密情報の保護を実現する。また、ゼロ知識証明に基づいて正規の所有者もしくは受領者であることを証明することで、流通情報を隠蔽しつつも、正規の所有者と受領者間の流通を保証する。加えて、提案手法は、組立・梱包を表現できるため、製品と部品の関係や、ダンボールや輸送用コンテナなどのまとまった単位での流通を追跡することが可能となる(下図は提案手法による製品の追跡方法)。提案手法をスマートコントラクトで実装し、取引手数料に基づくコスト評価を実施した。使用するブロックチェーンに依って金額は変わるものの、一流通当たりの取引手数料は最安で 4.5 USD であることがわかり、様々な製品に適用可能であることを確認した。

[関連発表論文]

3.3. ユーザQoE (Quality of Experience) の向上に関する研究

3.3.1. 動画像視聴中のユーザのQoEを向上するビットレート選択手法の実装と評価(一部、NHK放送技術研究所との共同研究)(1.4.1項再掲)

近年、動画ストリーミングサービスや遠隔Web会議システムの普及が急速に進んでいる。動画像を提供するサービスにおいては、ユーザQoEの向上が重要視されており、QoE向上を目的としたビットレート選択手法の研究が盛んに行われている。ビットレートの選択において、ユーザのQoEを利用するためには、そのユーザ個人に適したQoEの測定が実時間で行えることが必要である。しかしながら、従来用いられているQoEの測定方法の多くは、通信品質のみに基づいてユーザのQoEを推定するもの、あるいはユーザにアンケートを取り、ユーザ自身が知覚したQoEを自己申告したデータを後に利用するというものであり、ユーザの個人差を考慮しておらず、また実時間での測定という要件を満たしていない。我々は人の生体情報(脳波や視線、瞬目)を用いることで、QoEを推定する手法の実装を行ってきた。また、MPEG-DASHクライアント上で、推定したQoEを用いてビットレート選択を行う機能の実装を行い、生体情報から推定したQoEに基づきリアルタイムにビットレート選択を行うMPEG-DASHクライアントを実現した。

また、QoE はサービスに対してユーザの感じる主観的指標であるため、人の主観的な意思決定においてみられる認知バイアスの影響を受けると考えられる。認知バイアスの一つであるchoice-supportive バイアスに着目した実験を行い、この認知バイアスが動画視聴中のユーザに与える影響を明らかにした。特に、ユーザの意志が介在するビットレートの選択がQoEの向上に寄与することを示した。

[関連発表論文]

3.3.2. 脳の認知バイアスを理解し補正するQoE制御手法に関する研究(1.4.2項再掲)

ネットワーク仮想化などユーザの需要に合わせて柔軟な制御が可能となり始めた今日では、ユーザが体感するサービス品質(QoE; Quality of Experience)を考慮した制御が望まれている。このようなユーザ QoEのモデル化に関する研究は、従来進められてきたものの、ユーザの心理的効果によってQoEに影響を及ぼすため、従来のモデルではモデル化が困難な状況が生じる。一方で、人の認知状態及び意思決定を表現するモデルとして、近年、量子意思決定が注目され始めており、これは、従来の認知モデルでは表現が困難な、人の心理的効果も含めたモデルとなっている。本研究では、量子意思決定モデルにより動画視聴中のユーザのQoEのモデルを提案した。提案モデルでは、初頭効果および順序効果を状態の時間発展に統合し、データセットにおけるQoEの時間変動を再現可能であることを示した。また、心理効果を考慮したビットレート制御手法を設計し、被験者の代理としてQoEモデルを用いた動作検証により、提案手法を用いることで心理効果によるQoE低下を回避可能であることを示した。

[関連発表論文]