4) 次世代ルーティングアーキテクチャに関する研究

4.1) IPv6 ネットワークにおけるエニーキャスト通信実現のためのプ ロトコル設計と実装(NEC との共同研究)

インターネットの普及によって,インターネット接続端末数は爆発的 に増加し,その結果既存のIPv4 のアドレスでは,すべての端末に IP ア ドレスを設定できないという,ア ドレス枯渇問題が現実となりつつある. この問題を解決する次世代のIPv6 について,現在標準化が活発になされ ている.IPv6 は,IPv4 のアドレス枯渇問題を解決するだけでなく,IPv4 では存在しない新しい機能についても多く提案および標準化が行われてい る.しかしながら,これらの機能を実現するためには,数多くの解決すべ き技術課題が存在する.本研究テーマでは,IPv6 ネットワークを実現す るために必要とされるこれらの技術課題について取り組み,解決法を示す ことを目標としている.

本研究では特に,IPv6 の新しい機能のひとつであるエニーキャストルー ティングを対象とした.エニーキャストアドレスとは,複数の端末に対し て同一のアドレスを割り当て る技術であり,クライアント側は複数存在 する同一アドレスのサーバから,適切なサーバに対して通信することが可 能となる.しかし,現在エニーキャストアドレスの機能はほとんど利用さ れていないのが実状である.この原因として,エニーキャスト通信に必要 となる多くの機能がいまだ定義されていないこと,エニーキャストに適し たアプリケーションが明確でないこと,また,実運用に必要な技術が整備 されていないことなどがあげられる.本研究では,これらの問題を統合的 に扱い,エニーキャストをより使いやすく,また広く普及するために必要 なものが何か,という問題についてその解決法を示すことを目標としてい る.以下に今年度取り組んだ課題についてそれぞれ説明する.

4.1.1) エニーキャストアドレスに関する機能の明確化

先にも述べたとおり,エニーキャストの利用は非常に制限されており, 有効な利用方法は見つかっていない.その理由の一つとして,エニーキャ スト自体の定義の曖昧さが利用 者の混乱を引き起こしていることがあげ られる.本研究では,まず今後の議論のためにエニーキャスト通信で用い る用語を定義した,新たなドラフトを作成した.次に,定義した用語を用 いてエニーキャストの利用方法をいくつか例を挙げ説明し,さらに,エニー キャストを利用するために必要となる機能の定義を行った.

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4.1.2) エニーキャストルーティングプロトコルの設計および実装

エニーキャスト通信を使えば,複数のサーバの中から最適なサーバと 自動的に通信可能となる.しかし,この最適なサーバ選択を実現するには, 新たなルーティングプロトコル のサポートが必要となるため,現状では 利用できない.本研究では,ネットワーク上の任意の場所にエニーキャス トサーバが存在する場合に必要となる,ルーティングプロトコルの設計を 行った.その特徴としては,(1) エニーキャストネットワークへの段階的 な移行,(2) 到達性の確保(少なくとも一つのホストに必ず到達する), (3) スケーラビリティの確保,(4) より少ない修正,があげられる.本研 究では,特にエニーキャスト通信とマルチキャスト通信との類似性を元に, 既存のインターネットへの適用性を考慮した新たなエニーキャストルーティ ングプロトコルを提案した.特にルーティングプロトコルの設計において は将来の標準化も視野に入れ,その方式の違いから異なる3種類のプロト コルの設計,並びに実装を行った.いずれのプロトコルも実験環境におい て適切なサーバ選択がなされることが示された.今後は,運用段階を考慮 に入れた検証を行い,どのプロトコルが適しているかを実験的に明らかに していく予定である.

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4.1.3) エニーキャストアドレスの現実的な運用シナリオに関する研究

本研究では,既存の技術を用いたエニーキャスト通信の導入ストーリー をケーススタディとして列挙している.エニーキャスト通信が広く普及し ていない要因として,「エニー キャスト通信がどの範囲で実用できるか が不明」「エニーキャスト独自のアプリケーションが不明確」であると考 える.しかし,これらの問題点はいずれか一方のみを考えれば解決する問 題ではない.本ドラフトは,これら2つの問題点を解決するためのたたき 台とするために,現在の技術だけで実現可能なエニーキャスト通信のストー リーを列挙した.このドラフトはあくまでも技術的な実現可能性を元に通 信モデルの列挙に徹しており,アプリケーションに関する話題は考えられ る利用例を並べているだけにすぎない.今後,本ドラフトを用いてアプリ ケーション側から着目した場合の問題点,課題を明らかにしていくことを 目指す.

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4.1.4) Mobile IPv6 メカニズムにもとづく IPv6 グローバルエニーキャストの実現

エニーキャストがほとんど利用されていない理由のひとつとして,エ ニーキャストアドレスがパケットの送信元アドレスとして使用できないた めにセッションを維持した通信ができないという問題がある.特に,現在 インターネットで広く利用されているTCP を使用した通信ができないこと が,エニーキャストの利用範囲を大幅に制限している.また別の理由とし て,異なるネットワークに属する複数のノードを対象としたグローバルエ ニーキャストを実現するための実用的なメカニズムが存在しないことが挙 げられる.本研究では,以上の問題点を解決するための新しいグローバル エニーキャストアーキテクチャについて検討を行う.本研究では特に(1) 実用的,かつ既存の技術を用いて容易に実現可能であること,(2) TCP な どのセッション情報を保持する通信に対応できることの2点を目標とする. そこで,IPv6 における既存の通信モデルについて検討を行った結果, IPv6 の移動端末向けのプロトコルであるMobile IPv6 (MIPv6) とグロー バルエニーキャストにおいて多くの類似点を見いだした.よって本研究で は,MIPv6 のメカニズムを応用した,新たなグローバルエニーキャストの 実現手法について検討する.そこで,MIPv6 とグローバルエニーキャスト の類似点と相違点を挙げ,MIPv6 のアーキテクチャを用いることでグロー バルエニーキャスト実現における課題点を解決し,容易にグローバルエニー キャストを実現できることを示している.

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4.2) インターネットのトポロジー特性に基づいた経路制御機構に関する研究

現状のインターネットにおいてAS間・ルータ間の接続状況を観測した 結果,ASおよびルータの出線数の分布はべき乗則に従うことが示されてい る.従来のべき乗則に従うネットワークを対象とした研究では,そのモデ ル化手法の提案やASレベルを対象としたトポロジー特性,リンク負荷特性 の評価が広くなされてきた.近年には,ルータレベルのインターネットト ポロジに着目し,ルータのバックプレーン処理能力,インターフェース速 度による技術的制約のもとでネットワークのスループットの最大化を目指 した結果としてべき乗則を有する構造となること示されている.ところが, インターネットトポロジがべき乗則に従う理由を示すのみでは実用上不十 分であり,トポロジー特性を利用したネットワーク設計,設備量予測,ト ラヒック制御に応用していく必要がある.このような考えのもと,本研究 テーマでは経路制御機構に着目した研究を進めている.

4.2.1) べき乗則に従うネットワークにおける経路制御情報のフラッ ディング手法に関する研究

フラッディングにより経路情報の配布もしくは交換を行う場合,ネッ トワークのノード数およびリンク数が増加するとともに経路制御情報交換 のためのパケットの量が増大し,通信トラヒックへの影響が大きくなる. また,ノード障害時には隣接するすべてのノードからほぼ同時にフラッディ ングが行われるため,一時的な輻輳が生じる可能性が高くなる.その一方 で,インターネットのトポロジー形状はべき乗則に従うことが近年明らか にされており,このトポロジーの形状の特徴を利用することで,経路情報 交換に必要となるトラヒック量を大きく削減できる可能性がある.本研究 では,経路情報の交換に必要となるトラヒック量の削減を目的として,ス ケールフリーネットワークに適したフラッディング手法を提案している. 計算機シミュレーションによって評価した結果,従来のリンクステート型 の経路制御方式に比べて経路情報交換に必要となるトラヒック量を最大で 90%削減できることがわかった.

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4.2.2) べき乗則に従うネットワークにおける経路制御手法に関する研究(大阪大学大学院工学研究科滝根研究室との共同研究)

インターネットへのアクセス回線のブロードバンド化に伴い,バック ボーンネットワークのトラヒック量の急激な増加が問題となっている.現 状のネットワーク設計では,トラヒック量の増大に対しては,バックボー ンネットワークの回線容量を再度設計することにより対応が行われている. しかし,バックボーンネットワークの回線容量を増強したとしても,ネッ トワークのボトルネックはルータのインターフェースにシフトするのみで あり,ネットワークに収容可能なトラヒック量はルータの技術的制約によ り制限される,本研究では,アクセス回線の大容量化に耐えうる経路制御 手法を確立することを目的とし,以下の評価に取り組んでいる.まず,ルー タレベルのインターネットトポロジにおいて,アクセス回線の大容量化が バックボーンネットワークのリンク負荷に与える影響を計算機シミュレー ションにより調査し,問題点を指摘する.次に,フロー偏差法に基づく最 適経路制御手法を適用して収容可能なトラヒック量を評価し,アクセス回 線容量の増加に対して効率よくトラヒックを収容できるトポロジー形状を 明らかにする.計算機シミュレーションの結果,最適経路制御手法を適用 することにより,最小ホップ経路選択手法による結果と比較して収容可能 トラヒック量は約3倍となることが明らかとなった.しかし,フロー偏差 法に基づく経路制御では計算時間が増大し,現実の大規模なネットワーク に適用することは難しい.そこで,本研究ではルータの技術的制約に関す る情報を利用した経路制御方式を新たに提案し,べき乗則に従うインター ネットトポロジに適した経路制御手法を提案している.計算機シミュレー ションによって評価を行った結果,提案方式では,従来の最小ホップ経路 選択方式に比べて最大リンク利用率は45%減少し,収容可能トラヒックは 約1.8倍となることがわかった.

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