適応型QOSアーキテクチャに関する研究

ADSL,CATV,FTTHなど広帯域アクセス回線の普及,WDM技術によるバックボーンネットワークの広帯域化などネットワークインフラストラクチャの整備が着実に進められている一方で,ネットワークは未だベストエフォートサービスを提供するのみである.ネットワークレベルのQoS(サービス品質)を保証,制御することのできるIntServ,DiffServが現実に利用可能になるまでは相当の時間がかかることが予想され,高度化を続けるマルチメディアアプリケーションが必要とするQoSを満足するためには,ネットワークの負荷状態の変化やそれにともなう通信品質の変動,また,個々の利用者の多様な要求に柔軟に適応することのできる新しいQoSアーキテクチャが必要不可欠である.本研究テーマでは,ベストエフォートネットワークを前提に,ネットワークの負荷状態,利用者のシステム環境,アプリケーションの状態に応じて,アプリケーションレベルのQoSを制御,保証するためのQoSアーキテクチャの確立を目指す.

スケーラブルなP2Pメディアストリーミング機構

P2P(Peer-to-Peer)はこれまでのサーバ-クライアント型アーキテクチャの抱えるスケーラビリティの欠如,システムの脆弱性といった問題を解決することのできる新しい通信パラダイムである.動画像や音声などのメディアストリーミング配信においても,P2Pアーキテクチャを導入することにより,利用者数,コンテンツ数,ネットワーク規模に対して拡張性を有し,また,ネットワークの負荷変動,メディアへの需要の変化,利用者の分布の変化などへの適応性があり,さらに,リンクやホスト,メディアデータの障害に対する耐性を獲得することができると考えられる.しかしながら一方で,P2Pネットワークを構成するピアは利用者のエンドシステムにすぎず,また,個々の利用者は自身の興味や行動規律に則り他とは無関係に振る舞うため,高品質なメディアデータを定常的に視聴し続けるためには,なんらかの制御機構が必要となる.

本研究においては,P2Pファイル共有システムを基本に,データの検索,取得における時間制約や参照順を考慮した,P2Pメディアストリーミングのための,メディアのブロック分割,スケーラブルなブロック検索手法,途切れのないメディア再生のためのブロック取得先決定アルゴリズムを提案している.さらに,人気のないメディアデータがP2Pネットワークから消失し,視聴が不能になることを避けるため,新たな制御メッセージを交換することなくメディアに対する需要と供給を推定し,バランスを考慮してキャッシュの置き換えを行うキャッシングアルゴリズムを提案している.シミュレーションによる評価の結果,100台のピアからなるネットワークにおいて,提案手法により,従来のフラッディングによる検索と比較して検索メッセージ量を1/6に抑えるとともに,人気の度合いによらず途切れの少ないメディア視聴が可能であることを示した.

[関連発表論文]

ハイブリッド型P2P動画像ストリーミング配信機構(NEC社との共同研究)

単一の動画像サーバから多数の利用者に効率的に動画像ストリーミング配信サービスを提供するためには,マルチキャストを用いるのが有効である.しかしながら,一般に利用可能なマルチキャストルータはなく,また利用者の動画像配信に対する要求は多様で時間的にも分散している.

そこで本研究では,P2P通信によるアプリケーションレベルマルチキャストとブロードキャストスケジューリングアルゴリズムにより,サーバに負荷を与えることのない動画像ストリーミング配信を実現する.メディアデータはスケジューリングアルゴリズムに従ってセグメントに分割され,それぞれ異なるチャネル上でP2Pマルチキャストにより繰り返し配信される.新しくサービスに参加したピアは,スケジュールサーバからセグメントの受信スケジュールを指示され,それぞれのセグメントごとに配信ツリーに参加する.企業や組織のネットワークが拠点や部署といった論理構成を基準に構造化されていることを考慮し,マルチキャスト配信のためのP2P論理ネットワークは拠点間ツリー,サブネット間ツリー,およびサブネット内ツリーに階層化される.また,配信中のピアの離脱,リンク故障などに際して動画像再生の途切れを防ぐための障害回復機構を有する.シミュレーションによる評価の結果,数千ピアに対して,再生開始までの最大待ち時間が5.5秒以下,障害による再生の途切れが1.2秒以下の高品質な動画像ストリーミング配信サービスが提供可能であることを示した.

[関連発表論文]

アクティブP2Pネットワークにおける負荷分散機構

P2P型アーキテクチャにおいても,Napster,KaZaA,JXTAにおけるディレクトリサーバ,Gnutellaにおけるブートストラッピングノード,あるいは人気のあるコンテンツを所有するピアのように,負荷が集中し,ボトルネックとなるサーバ,ノード,ピアが存在する.P2Pネットワークは物理網の上に論理網として構築される,いわゆるオーバレイネットワークである.そのため,たとえディレクトリサーバを複数導入して負荷の分散,軽減を図ったとしても,必ずしも物理トポロジに応じた配置であるとは限らず,さらに,動的に変化するピアの分布,ネットワークの負荷状態に柔軟に適応することができない.

本研究では,物理網と論理網の間に位置するアクティブネットワークが,アクティブルータを通過するパケットの観測に基づいてアプリケーションレベルのQoSを推定し,アプリケーションに対して動的かつ透過的に支援サービスを提供するフレームワークとして,アクティブP2Pネットワークを提案した.さらに,その応用例として,OpenNapサーバの動的負荷分散機構“Active OpenNap Cache Proxy”を設計,実システムに実装し,透過的なサービス導入によりOpenNapサーバの検索負荷が半分に抑えられるなど,その実用性,有効性を示した.

[関連発表論文]

分散ストリーミングコンテンツ生成システム手法に関する研究

アクセス回線の高速化を背景に,一般家庭においても,音楽ビデオ,ニュース,映画やドラマなどのインターネットを介した受信,視聴が一般的になりつつある.コンテンツ所有者やコンテンツ配信者は,これまで制作,蓄積してきた膨大な動画像コンテンツを,インターネットにより配信,提供することにより,多くの収入を得ることができることを期待している.しかしながら,そのためには,ダイアルアップ,ADSL,CATV,FTTH,無線,携帯電話などの様々なインターネットへの接続形態,デスクトップコンピュータ,ラップトップコンピュータ,PDA,携帯電話などの様々なエンドシステム,さらにはRealOne Player,Windows Media Player,QuickTimeなどの様々なクライアントアプリケーションなど,利用者ごとに異なるシステム環境に応じて動画像コンテンツを適切に変換(トランスコード),提供しなければならない.

本研究では,多様なフォーマット,符号化レート,解像度の動画像データを効率的かつ高速に,また,過度に品質を劣化させることなく生成するための,分散トランスコーディング手法を提案している.提案手法では,ネットワークで接続された性能の異なる複数のコンピュータを用いて,分散型のトランスコードを行う.それぞれのコンピュータは,特定,または複数のフォーマット,符号化レート,解像度にトランスコードする機能を有している.動画像データを適切な大きさのセグメントに分割し,処理能力を考慮してこれらコンピュータに割り当て,出力結果を集約することで所望の動画像データを得ることができる.そのため,再結合時の品質劣化を防ぐセグメント分割および符号化パラメータ設定,セグメント割り当てのための処理能力推定,高速なトランスコードのためのスケジューリングなどについて検討し,シミュレーションや実システムを用いた評価の結果,10台のコンピュータを用いることにより,1台でのトランスコードと比較して画質を大きく劣化させることなく処理時間を1/5程度にできることなど,効果的であることを示した.

[関連発表論文]

動画像ストリーミングのためのプロキシキャッシング

動画像ストリーミング配信においても,ウェブシステムで広く用いられているプロキシ技術がサービスの可用性,応答性を高めるとともに,ネットワークやサーバへの負荷の軽減,分散に有効であると考えられる.さらに,プロキシに動画像品質調整機能を導入することにより,利用者のシステム環境やネットワークの負荷変動に応じて様々に異なる要求品質を効率よく満たすことができると考えられる.

本研究では,サーバに負荷を与えることなく多数の多様な利用者に動画像をストリーミング配信するための,動画像品質調整可能なプロキシキャッシュサーバを実現した.プロキシキャッシュサーバは,動画像ストリームをブロックと呼ばれる固まりに分割し,ブロックを単位として転送,蓄積,加工することで,キャッシュバッファの有効利用および効率的なデータ転送を図る.また,空き帯域を利用したデータの先読みによりキャッシュミスによる遅延の発生を防ぎ,利用者の視聴位置や要求品質を考慮してキャッシュバッファ内ブロックを置き換える.さらに,近隣のプロキシキャッシュサーバと連携し,必要に応じて品質調整を施した上で動画像ブロックを交換することにより,より効率のよい,途切れの少ない,高品質な動画像ストリーミングサービスを実現する.一般に利用されている動画像ストリーミング配信サーバプログラム,クライアントアプリケーションを用いた実システムへの導入設計,実装,および実験により,本システムを用いることにより,ネットワークの負荷状態や利用者の要求品質を考慮した動画像ストリーミング配信が効果的に提供できることを示した.

[関連研究発表]

アクティブネットワークによる実時間動画像マルチキャスト

実時間動画像マルチキャスト配信においては,利用者ごとに異なるシステム環境,ネットワークの負荷状態などに応じた品質の動画像を提供しなければならない.動画像配信サーバにおいて全ての利用者の通信状態を考慮し,それぞれに適した動画像データを生成,提供することは非現実的であり,利用者数や動画像数などに対する拡張性を欠く.

本研究では,アクティブネットワーク技術を用い,網内のアクティブノードにおいて,マルチキャストグループを管理するとともに下流のアクティブノードやクライアントの要求に応じて動画像の品質を調整することにより,それぞれの利用者に適した品質の動画像データを効率的にマルチキャスト配信するためのフレームワークを提案している.動画像配信のためのマルチキャストグループは,アクティブネットワーク上に階層的に構築される.動画像配信サーバは,最も高い品質要求に応じた動画像をあるマルチキャストグループに対して送出する.このマルチキャストグループに参加しているアクティブノードは,受信した動画像データを直下のクライアントに提供するとともに,動画像品質調整を行った後,より下層のマルチキャストグループに配信する.個々のアクティブノードは,クライアントの受信状態を考慮して,マルチキャストグループを分割,統合,移動することにより,クライアントを適切なマルチキャストグループに収容する.シミュレーションによる評価の結果,ネットワークの負荷状態に応じてマルチキャストグループが適切に構成され,利用者の視聴する動画像の品質が向上することが示された.

[関連発表論文]